映画『メモリーズ・オブ・サマー』アダム・グジンスキ監督 インタビュー
【写真】映画『メモリーズ・オブ・サマー』(Memory of Summer) アダム・グジンスキ監督インタビュー

映画『メモリーズ・オブ・サマー』(Memory of Summer)

アダム・グジンスキ監督 インタビュー

ワイダ、スコリモフスキたちに次ぐポーランドの俊英 
内的な必要から物語る”映画作家”の類まれなるその魅力 

アンジェイ・ワイダ、イエジー・スコリモフスキ、クシシュトフ・キェシロフスキ といった世界的映画作家を数多く輩出するポーランドの名門ウッチ映画大学卒業の新たな才能、アダム・グジンスキ監督による日本劇場初公開作『メモリーズ・オブ・サマー』(原題:Wspomnienie lata)が、2019年6月1日(土)の公開よりSNSほかで話題を呼んでいる。

【画像】 映画『メモリーズ・オブ・サマー』場面カット2

シネマアートオンラインでは4月に初来日したアダム・グジンスキ監督にインタビューし、尊敬するベルイマン、ダルデンヌ兄弟、世界で活躍する映画作家たちについて、本作の魅力について、数々のお話を伺った。

“子どもの視点”で世界を見つめる映画作家たち

―― カンヌ国際映画祭学生映画部門の最優秀映画賞を受賞した短編映画『ヤクプ』も子どもが主人公でした。「子ども」を描くことはテーマのひとつなんですか?

今後同じ方法で映画を撮り続けるかは分かりませんが、現段階でこういったテーマに興味があるということは確かです。本作の場合は、子どもを描くというよりは、子どもの視点から大人の世界を覗くことに興味があったと言った方がいいのかもしれません。子どもは大人よりも世界をより注意深く見つめています。必ずしも知的ではない方法で。そうして描かれた世界は非常に感情的で、くっきりとしている。子どもの視線は非常に素晴らしい媒介だと私は思うんです。

【写真】映画『メモリーズ・オブ・サマー』アダム・グジンスキ監督インタビュー

―― ポーランドでのインタビューにて、映画『大人は判ってくれない』(1959年)の名前が挙がっていました。あの作品も少年の視点から世界が描かれます。フランソワ・トリュフォー監督に思い入れが?

確かにフランソワ・トリュフォー監督は大変好きです。特に『大人は判ってくれない』には強烈な印象があります。ただ、私の映画作りの先生を一人挙げるとすれば、それはやはりイングマール・ベルイマン監督なんだと思います。要するに、人間の非常に難しい関係性の真実に到達している。そしてそれを私なりにやろうとする時に、子どもの映画をつくる上で多くを学んだのは、ダルデンヌ兄弟。彼らの『イゴールの約束』(1996年)という映画です。子どもが非常に難しい状況に置かれた中でどうやって生き抜いていくかということを見事に描いている。まとめて言うならば、映画作り全般についての先生はベルイマン。子どもの映画ではダルデンヌ兄弟。そしてトリュフォーからも多くのことを学んだと言えます。

―― 出身校であるポーランドの名門・ウッチ映画大学の卒業生にクシシュトフ・キェシロフスキ監督がいます。『デカローグ』(1989年)もまた巧みに子どもを描いていますが、彼の作品については?

私はキェシロフスキを非常に尊敬していますし、『デカローグ』は非常に素晴らしい映画だと思います。ある種の道徳的な選択というものを描いている。宗教を入り口にしながら非常に普遍的なテーマを扱っているのが大きな特徴だ思います。ただ私の興味は非常に複雑な人間関係というものにあります。そして宗教性というテーマは私の映画の中にはありません。それは私の先生のベルイマンが全てを語っていますから。私は私の映画をつくろうといつも思っています。

【画像】 映画『メモリーズ・オブ・サマー』場面カット3

編集、舞台美術に散りばめられた“作家性”

―― 特異な映像、編集に惹きつけられました。野外から家の中へ、川へ、場面が突然パッと切り替わる。観ていて周りの状況についていけない少年の気持ちが伝わってくるような気がしました。

編集では少年の気持ちを重要視しました。とにかく私が嫌なのは、観客にある感情を押し付けるような描き方です。そうではなくて、観客に自分自身で、少年の感じていることを感じてもらいたい。少年の感じていることを自分自身のことのように感じてもらいたい。そのために、必要最小限のものを映画の中に入れるということが重要だろうと考えました。物語を展開していく上で、どうしてもなくてはならない物だけを入れていく。不必要なものはどんどん削っていく。これで十分じゃないかという瞬間が訪れるまで。

もともと何かを最後まで言いきらない、何かを最後まで見せきらない、何かを観客のために残しておくような、そういう繊細な映画作りが好きなわけですから。主人公の感情が一番ビビッドに伝わるようにする。そういう編集をしました。

【写真】映画『メモリーズ・オブ・サマー』アダム・グジンスキ監督インタビュー

―― 劇中では近似したシーンの繰り返しが多く出てきました。それについては?

たとえば主人公の少年が、ある時はお母さんと一緒だったり、女の子と一緒だったりする。つまり同じショットを別の人物との組み合わせで描くことで、”変化”というものを表したかった。その時々で少年が何を感じていたのか。主人公のエモーションを観る人に想像してもらいたい。そこを重要視しました。

―― 細かな仕草、小道具、舞台美術等の演出からも、登場人物たちのエモーションがじわじわと伝わってきました。

たとえばチェスについて、母親はチェスが嫌いで、少年はやろうと言う。そのシーンでも、彼らについて随分と多くのことを物語っていると思います。少年が持つ虫が閉じ込められた琥珀もそう。集中することによって意味が出て来る。ディテールというものが多くのものを物語るということは、実は私は東洋の映画を見て学んだんです。

黒澤明監督や小津安二郎監督、彼らこそまさにメタファーの天才だと思います。『青いパパイヤの香り』(1993年)のトラン・アン・ユン監督も、ひとつひとつのオブジェから登場人物たちについて物語っている。そういった監督たちの映画を見て、私はディテールが持つ命というものを知りました。

【画像】 映画『メモリーズ・オブ・サマー』メインカット

コマーシャルではない、“映画作家”による作品

―― 監督が主体となって映画を作る、いわゆる ”作家主義””作家”であることとは?アダム監督の考えをお聞かせください。

まずそもそもの定義から言いますと、要するにコマーシャルな注文によって作られたものではなくて、自分の内的な必要から物語る、そういったものが”作家”による映画なんだと思います。そしてそうした作品が魅力的である場合もある。つまりハリウッド的なテーマだけが観客にとって魅力があると思うのは間違いだと私は思います。むしろ、いわゆる難しいテーマを扱っている映画というのはある種の努力を観客に強いるわけですが、そういったものを観る機会を観客に与えなければいけない。集中して、観て、それについて議論できるような状況をつくってあげることが大切なんだと思います。

たとえば、かつて私は子ども時代にフェリーニの作品を全て見て、家族と話し合ったわけです。ベルイマンの映画がテレビでやっていました。ヘルツォークやタルコフスキー、キェシロフスキの作品もです。そうした映画を見て、家族が楽しんだ時代がありました。今ではいわゆる作家主義的な映画はテレビで容易に見ることが出来ません。コマーシャルな映画が多くなっています。ただ、そうした作品しか観客に伝わらない、とあきらめるのではなくて、作家による映画を人々に見てもらうような環境をつくることが重要だと私は思っています。

【写真】映画『メモリーズ・オブ・サマー』アダム・グジンスキ監督インタビュー

―― ポーランド映画界では”作家主義”を貫くことは大変ですか?

私の経験に基づくお話ではありますが、ポーランドではプロのシナリオライターももちろんいますが、監督がシナリオを書く映画が多く、”作家”による映画が主体となっています。

資金の面で言いますと、本作の場合は国立のポーリッシュ・フィルム・インスティテュートというところから50%の資金を頂いています。このポーリッシュ・フィルム・インスティテュートはポーランドの映画業界の人たちから何パーセントかの収入を受け取る。皆必ずそこに納入するということになっています。それを基に色々な映画のプロジェクトに対してお金を出すという機関なのです。そこではシナリオを読んで様々なセレクションが行われます。

また、本作はポーランドの国立のテレビ局、それとフランスのCanal+というテレビ局がお金を出資してくれました。加えて、ウッチのフィルム・コミッションが企画しているコンクールにも応募し、資金を頂きました。それから重要なのは、Opus Filmsという大きな映画会社がありまして、パベウ・パブリコフスキ監督の『コールド・ウォー』(2019年)もこの会社が関わっているのですが、作家主体の劇映画をつくるための企画を立ち上げている会社なんです。その他にも、EUに加盟しているフランスやドイツからお金を頂く方法もありますし、映画を製作する方法は多様にあります。

もちろん全てはプロデューサーの才能次第ということになりますが、いずれにしろ、ポーランドには作家主義的な映画を作ることが出来る環境は整っているのではないかと思います。

【写真】映画『メモリーズ・オブ・サマー』アダム・グジンスキ監督インタビュー

[スチール撮影: Cinema Art Online UK / インタビュー: 大久保 渉]

プロフィール

アダム・グジンスキ (Adam Guziński)

1970年、ポーランドのコニンに生まれ、14歳の頃、父親の仕事の都合で中央部のピョートルクフに移る。

ウッチ映画大学でヴォイチェフ・イエジー・ハスの指導を受け、短篇『Pokuszenie』(1996年)を発表。続いて、父親のいない少年を主人公にした短編『Jakub』(1998年)が第51回カンヌ国際映画祭学生映画部門(シネフォンダシオン)で最優秀映画賞を受賞したほか、数々の映画祭で賞を受賞する。

『Jakub』は、2007年に東京国立近代美術館フィルムセンター(現国立映画アーカイブ)で開催された日本・ポーランド国交回復50周年記念「ポーランド短篇映画選 ウッチ映画大学の軌跡」でも上映された。

短篇『Antichryst』(2002年)を手がけた後、2006年に初の長編映画となる『Chlopiec na galopujacym koniu』を発表。作家の男とその妻、7歳の息子の静かなドラマを描いたこのモノクロ映画は、第59回カンヌ国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門に正式出品された。『メモリーズ・オブ・サマー』(原題:Wspomnienie lata)はグジンスキ監督にとって長編2作目となる。

【写真】アダム・グジンスキ (Adam Guziński)

映画『メモリーズ・オブ・サマー』予告篇

映画作品情報

【画像】映画『メモリーズ・オブ・サマー』ポスタービジュアル

《イントロダクション》

アンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキー、イエジー・スコリモフスキといった巨匠たちに続き、近年、パヴェウ・パヴリコフスキ(『イーダ』『COLD WAR あの歌、2つの心』)、アグニェシュカ・スモチンスカ(『ゆれる人魚』)と次々に実力派監督を生み出すポーランド映画界において、また新たな才能が日本に紹介される。デビュー短編『ヤクプ』(1997年)がカンヌで絶賛されたアダム・グジンスキ監督(1970年〜)が自身の体験をもとにつくりだした『メモリーズ・オブ・サマー』は、母と子を結びつける特別な絆とその崩壊を軸に、初めての恋や友情、性を取り巻く感情に戸惑う思春期の痛々しさを、切実に映し出す。

自然に囲まれた小さな田舎町を捉えた端正な映像は、ノスタルジックでありながら、常に破綻の気配を漂わせる。撮影は、スコリモフスキの『アンナと過ごした4日間』『エッセンシャル・キリング』を手がけたアダム・シコラ。また「連帯」結成前、民主化運動が高まる直前の1970年末のポーランドの風景を見事に再現した本作では、当時の音楽やファッション、インテリアが、見る者の目を楽しませてくれる。少年期特有の微妙な心の揺れを、美しくもサスペンスフルに描いた傑作!

【画像】 映画『メモリーズ・オブ・サマー』場面カット1

《ストーリー》

それは、ぼくが子どもでいられた最後の夏だった——
甘酸っぱく、どこかなつかしい、新しい夏休み映画が誕生した

1970年代末―夏、ポーランドの小さな町で、12歳のピョトレックは新学期までの休みを母ヴィシアと過ごしている。父は外国へ出稼ぎ中。母と大の仲良しのピョトレックは、母とふたりきりの時間を存分に楽しんでいた。だがやがて母はピョトレックを家に残し毎晩出かけるようになり、ふたりの間に不穏な空気が漂い始める。一方ピョトレックは、都会からやってきた少女マイカに好意を抱くが、彼女は、町の不良青年に夢中になる。それぞれの関係に失望しながらも、自分ではどうすることもできないピョトレック。そんななか、大好きな父が帰ってくるが……。

子どもと大人の狭間で揺れる12歳の少年の目を通して描かれる、切なくも忘れられない一夏の記憶。どこかなつかしさを感じさせる1970年代末ポーランドの風景のなか紡がれる、新しい夏休み映画が誕生した。

 
第32回ワルシャワ映画祭 インターナショナル・コンペティション部門 公式出品
ネティア・オフカメラ2017 ライジングスター賞受賞〈マックス・ヤスチシェンプスキ〉
ヨーロッパシネマフォーラム シネルジア映画祭 クリスタルアップル賞受賞
 
原題: Wspomnienie lata
 
出演: 
マックス・ヤスチシェンプスキ (Max Jastrzebski)
ウルシュラ・グラボフスカ (Urszula Grabowska)
ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ (Robert Wieckiewicz)
パウリナ・アンギェルチク (Paulina Angielczyk)
ヤクプ・ルスティク (Jakub Lustyk)
 
監督・脚本: アダム・グジンスキ (Adam Guziński)
撮影: アダム・シコラ (Adam Sikora)
音楽: ミハウ・ヤツァシェク (Michał Jacaszek)
録音: ミハウ・コステルキェビッチ (Michał Kosterkiewicz)
ヘアメイク: アンナ・キェシュチンスカ (Anna Kieszczyńska)
トマシュ・シェレツキ (Tomasz Sielecki)
衣装: ドロタ・ロケプロ (Dorota Roqueplo)
美術: グジェゴジュ・ピョントコフスキ (Grzegorz Piątkowski)
編集: マチェイ・パヴリンスキ (Maciej Pawliński PSM)
制作: マグダレナ・マリシュ (Magdalena Malisz)
プロデューサー: ウカッシュ・ジェンチョウ (Łukasz Dzięcioł)
ピョトル・ジェンチョウ (Piotr Dzięcioł)
 
2016年 / ポーランド / 83分 / カラー / DCP
配給: マグネタイズ
配給協力: コピアポア・フィルム
特別協力: 東京工芸大学アニメーション学科
 
2019年6月1日(土)~
YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー!
 
映画公式サイト
 
公式Twitter: @m_of_s_movie
公式Facebook: 
@memoriesofsummermoviejp

この記事の著者

大久保 渉ライター・編集者・映画宣伝

映画活動中/ライター・編集者・映画宣伝/フリーで色々/「映画芸術」編集部/「neoneo」「FILMAGA」執筆ほか/インタビュー・取材奔走/映画祭の運営協力色々/映画宣伝色々/元ミニシアター受付/桃と味噌汁が好きです。

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