黒土三男監督インタビュー
寡黙でありながら、冗談も言う振れ幅の大きさに人は魅かれる
愛知県豊田市を舞台にした映画『星めぐりの町』が公開中である。本作を企画し、オリジナル脚本を執筆、自らメガホンを握ったのは、黒土三男監督。実直な豆腐屋が震災で家族を失った少年に優しく寄り添い、時に厳しく突き放し、その心の再生を見守る姿を描く。『蝉しぐれ』(2005年)以降、12年ぶりの映画だ。
主人公・島田勇作を演じるのは小林稔侍。さまざまなテレビドラマシリーズの主演で有名だが、意外にも映画は76歳にして初主演という。少年・政美役には、オーディションで選ばれたシンデレラボーイの荒井陽太。初めての映画出演ながら、心に傷を抱え、喋ることが出来なくなった少年を熱演している。 自然豊かな豊田で生活をするうちに、ここで生きる人々の物語を撮りたいと思うようになったという黒土監督に映画に対する思いを聞いた。
―― 本作を作ることになったきっかけをお聞かせください。
僕は2011年に千葉県浦安市で被災し、姉や兄が暮らす愛知県豊田市に移住したのですが、その年の暮れに、市長に会う機会がありました。その際、豊田市に作っているシネマコンプレックスの活かし方を相談されたのですが、それは監督がすることではありません。そこで「僕は映画監督なので、豊田市で映画を撮らせてほしい」と伝えたところ、喜んで受けてもらえました。しかし、ちゃんとした映画を作るには、みんなが考えているよりもお金がかかる。脚本はできていましたし、いったん作ると言った以上、後には引けません。僕自身も駆けずり回りました。
―― 脚本はできていたということですが、主人公をお豆腐屋さんにしたのはなぜでしょうか。
シナリオを書く前から、映画を撮るなら豆腐屋と思っていました。僕は小さいときから豆腐が好きで、豆腐に対して強い尊敬と執着があります。京都に平野屋さんという尊敬する豆腐屋を見つけてからは、車で2時間かけて豆腐を買いに行くようになりました。
豆腐は中国から伝わってきたものですが、日本人の美意識の素晴らしさは、真っ白い食べ物である豆腐を美味しいと思って食べるからだと思っています。 作品に何度も出てくる「雪虎」は魯山人が愛した料理です。本来は厚揚げに縞目の焦げ目をつけて、たっぷりの大根おろしとともに食べるのですが、作品では京揚げを使っています。これは僕のこだわり。この京揚げを使った「雪虎」を提供するお店が豊田市にできるようです。
―― 主演の小林稔侍さんは俳優生活55年目にして初主演です。小林稔侍さんをキャスティングした理由を教えてください。
最初に頭に浮かんだのが、小林稔侍さんでした。彼が出演するテレビドラマの脚本を書いて以来、脚本家と俳優として、ずっといいお付き合いをしてきました。ただ、彼を演出したことがなかったので、一度やってみたかったのです。
この作品で、彼が演じる勇作は寡黙なところがあるけれど、客の女性に対しては冗談を言う。それは稔侍さんの魅力でもあるのですが、最初のうちは、「自分のそういう面を出すのは辛い」と言っていました。俳優って面白いもので、自分の一面ばかり見て、客観的に見ていません。しかし、監督は客観的に見せなくてはいけないと思っています。そこで、いろいろ考えてセリフに冗談を入れました。
ただ、豆腐を食べると美人になるというは冗談ではなく、僕の持論です。また、男性の年齢についての軽口を叩く場面がありますが、これは僕の好きなフランス映画に似たようなセリフがあったのです。粋な感じがして、いつか僕もこういうセリフが書きたいと思っていました。寡黙な男でありながら、全く違う一面を持っているというのが僕の憧れ。それを稔侍さんにやらせたかったのです。
―― 監督が荒井陽太くんに魅かれたのはどんなところでしょうか。
市長と映画の企画について話したときに、少年は豊田の子からオーディションすると約束しました。そこで、230人ほどの子どもたちと会いましたが、1人だけ妙な子がいたのです。ほかの子たちは僕を見て、一生懸命にアピールしてくるのに、その子だけ向こうを見て、落ち着かない雰囲気でいる。「ここに居たくない、早く帰りたい」という気持ちが伝わってくるのがわかりました。それが荒井陽太くんでした。「後で陽太くんのお母さんに聞いたら、本人の意思ではなく、「もっと人と交わり合ってほしい」と思い、お母さんが勝手に応募したのです。
しかし、僕は家に帰っても陽太くんが忘れられない。翌日、朝起きても、頭に焼き付いていて、気になって仕方がない。オーディションを4回して、どんどん減らしていきましたが、陽太くんは最後まで残しました。
一方で、陽太くんのことをお母さんから詳しく聞き、ラーメンが好きとわかりました。そこで、陽太くんとお母さん、5歳の弟を連れて、ラーメンを食べに行ったのです。そこで、陽太くんはひとことだけ、お母さんに耳打ちをしていました。後から聞いたら「おいしい」と。心を開いてくれたのは、そこからですね。少年役を陽太くんに決めるまでに、3回くらい食事に行って、絆を築いていきました。 ただ、途中で嫌になって帰ってしまったら、みんなに迷惑をかけます。陽太くんが最後までやれるか、不安でした。そこで最終選考のとき、お母さんに「現場に必ずついてきてほしい」と話し、お母さんの承諾を得て、陽太くんにすると発表しました。
撮影初日は緊張でお腹を壊したけれど、それでも「行く」と言って現場に来てくれたと、後から聞きました。ご飯も食べられなかったそう。でも、僕の前ではそんな素振りは一切、見せませんでした。
震災当時の回想シーンに出てくる少年は陽太くんの弟が演じています。ラーメンを食べに行ったとき、「神様がこの子たちに引き合わせてくれた」と思いましたね。5歳の弟はお兄ちゃんと違い、やんちゃで自由な感じでしたが、本番ではちゃんとやってくれました。
――最後に、この作品に託した思いをお聞かせください。
僕は今、子どもたちの自殺が気になっています。この作品は、生きていく希望をなくしかけている子どもたちに見てほしい。 人間の優しさとは何か。これを豆腐屋に託しました。僕の思いはそこにあります。黒澤明監督は亡くなる前に「後を頼むぞ」と映画人である僕らに言っています。黒澤明監督に対して恥ずかしくないように、彼らが生きていこうと思える映画を作ったつもりです。
監督プロフィール黒土三男(mitsuo kurotsuchi) 【監督作品】 【テレビドラマ脚本作品】 |
映画作品情報
《ストーリー》「妻を早くに亡くし、一人娘志保と二人暮らしをする主人公、島田勇作。京都で豆腐作り修行を積んだ勇作は毎朝じっくりと手間と時間をかけて美味しい豆腐を作り、町主婦や料理屋に届ける生活を続けていた。そんな勇作の元に、警察官に付き添われ、東日本大震災で津波により家族全員を一瞬で失った少年・政美がやって来る。亡き妻の遠縁にあたるという政美。突然不幸により心に傷を抱える政美を、勇作はただ静かに見守り続ける。自然に根差した自給自足の勇作との暮らし中で、薄皮が一枚、また一枚とはがれるように、少しずつ心を再生させていく政美。しかし勇作がひとりで配達に出ている最中、町が大きな揺れに襲われ、一人で留守番をしていた政美に震災の恐怖がよみがえり、姿を消してしまう…。 |
音楽: 羽岡佳
エグゼクティブプロデュサー: 岩城レイ子
プロデュサー: 中尾幸男
製作:豊田市・映画「星めぐりの町」実行委員会
配給・宣伝: ファントム・フィルム
制作プロダクション: エース・プロダクション / ケイセブン
2018年 / 日本 / 日本語 / カラー / ビスタサイズ / 5.1ch / 108分
© 2018 豊田市・映画「星めぐりの町」実行委員会