外国特派員協会記者会見
他人事でなく、何とかしなければならないという人々の気持ちを動かしたかった。
脱北者や元看守らの証言をもとに北朝鮮強制収容所の内情を描きつつ、過酷な環境下で家族とその仲間たちが生き抜く姿を3Dアニメーションで描いた衝撃の感動作『トゥルーノース』が、いよいよ6月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開される。
アニメ映画祭の世界最高峰と呼ばれる第44回アヌシー国際アニメーション映画祭 長編コントルシャン部門にノミネートされたほか、第36回ワルシャワ国際映画祭 審査員特別賞、第51回ナッシュビル映画祭 長編アニメ部門グランプリ、第22回プチョン国際アニメーション映画祭 長編部門特別賞を受賞するなど海外の映画祭を席巻!第33回東京国際映画祭でもワールドフォーカス部門で上映されるなど、まさに“逆輸入アニメの傑作!”と話題となっている。
劇場公開に先駆け、5月18日(火)に外国特派員協会で監督・脚本・プロデューサーを務めた清水ハン栄治による記者会見を実施。清水監督を「この事実をなんとかして世界に伝えねば」と本作製作へと奮い立たせるきっかけとなった国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の日本代表である土井香苗氏、北朝鮮人権問題の国際化に寄与するジャーナリストであり「NO FENCE」(北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会)副代表を務める宋允復氏も登壇した。
本編上映後、作品の余韻残るなか大きな拍手で迎えられ、清水ハン栄治監督らが登壇。海外メディアからは「この作品を観るのは2度目ですが、この北朝鮮の現状に2度目もショックを感じた。これが現代に繰り広げられているということに改めて驚きを覚える」(ジャパンタイムズ/映画評論家マーク・シリング氏)など率直な感想や色々な質問が飛び交う会見となった。
《トークイベントレポート》
—— 今日登壇されているお二方との関係性の中で本作が作られたかと思うのですが、企画の発端についてお聞かせください。
清水監督: 10年前にさかのぼりますが、私は幸福とは何かをテーマにした『happy-幸せを探すあなたへ』(2012年)というドキュメンタリー映画を制作していました。それ以外にもLGBTQや環境問題、過労死などのテーマに取り組んだり、そのあとは人権問題に関するマンガシリーズを手掛けていました。
それらを経て、次に何に取り組もうかと思ったときに、土井さんにお会いし、北朝鮮の政治犯強制収容所での体験を記した手記を勧められて読んだところ、非常にショッキングで、強制収容所の現状が私の想像をはるかに超えるものだったのです。そこで私に何ができるだろうと、土井さんに相談したところ、この問題の専門家である宋さんを紹介していただき、そこから二人三脚のように、10年間にわたる作業が始まりました。
—— アニメーションという手法をあえて使うことで、非常に難しいテーマをより描きやすくなる側面がありますが、今回実写でなくアニメーションを使うことになった理由を教えてください。また本作でインドネシアのアニメーターを使うことになった経緯は?
清水監督: 今回実写やドキュメンタリーで撮るという選択肢はありましたが、描く内容の過酷さ残忍さを考えると、これを実写で作ってしまうと“ホラー映画”になってしまうのではないか、という懸念がありました。公開処刑や拷問など凄まじい内容を描くのですから。
私がこの作品を撮ろうと思った一番の動機は、人々の「なんとかしなければならない」という気持ちを動かしたかったから。怖がらせることが狙いではないので、そのためにはバランス感覚が非常に大事だと思いました。
あまりにもフェイクストーリーっぽいものを作ってしまうと、まるで火星で起きているかのような、他人事のようなものに思われる危険性がある。一方あまりにもリアリティを重視してしまうと観客が拒絶してしまうのではないか、という懸念がある。そんな中でアニメーションという手法が一番理想的で、観客が話についてきてくれ、しかも感情を揺さぶられる良いバランスがとれるのではないか、と思ったんです。
インドネシアのアニメーターを起用したのは、非常に才能豊かなアニメーターがいたということ、そして予算的な面で東京やアメリカでの制作よりも適していたということがあります。
—— 今の北朝鮮の現状に対して、各国では活動や何かアクションは起きてるのでしょうか?
土井: 北朝鮮で起きているマグニチュード(重大さ)というのは、私が思っていることを、国連の権威ある方ですが、国連のコミッション・オブ・インクワイアリ―のチェアー(議長)であるオーストラリアのマイケル・カービーさんが発言されております。国連の見解でもあり、北朝鮮の状況を1年間調査したうえで発表したレポートで結論付けたのですが、北朝鮮の人権侵害のスケールは、「without parallel in the contemporary world(現代社会において匹敵するものがないほど)」であるというものです。
私も世界中の人権侵害をみておりますが、北朝鮮の収容所内での人権侵害は特にそう思います。しかし世界の政府がそれに見合った態度をとっているかというと、そうではない。特にトランプ元大統領と北朝鮮が蜜月関係になったころから、北朝鮮に対するプレッシャーが減ったということがある。その原因の一つに北朝鮮があまりにも閉鎖的なため、メディアの方々も情報がほとんどなく報道できないため世界の注目が少なくなっている現状があります。そういう意味ではこの映画が果たす役割は大きい。これをきっかけに、各国政府や国連含め、すべてのアクターが北朝鮮の政府に対するプレッシャーをもう一度最大限にかけて、この人権侵害を止めさせる行動をとるべきだと考えています。
—— 映画の中で、童謡「赤とんぼ」の曲が使われた理由を教えてください。
清水監督: 北朝鮮への帰還事業で、約9万3千人の在日コリアンたちが北朝鮮にわたり、そのうち日本人妻が1,800人ほど、そのお子さんたちもふくめると6,800人ほどは日本のパスポートをもった人々が北朝鮮に渡ったと言われています。調査をしていくと、だいたいその9万3千人のうちの2割~3割はそのまま収容所に送られ、収容所の中には日本人村もあったそうです。その中ではきっと望郷の念をもって童謡を歌っていた人たちもいたのではと思い、「赤とんぼ」を使わせていただきました。
宋: 以前、10年間北朝鮮の強制収容所に収容されていて、その後亡命した方から話を聞いたときに、その方が「私日本の歌が歌えるんです」と話して歌ってくれたのがまさに「赤とんぼ」でした。収容所で仲良く接していた日本人妻の人が教えてくれた、と。この話は清水監督には伝えていなかったのですが、清水さんご自身のインスピレーションで映画に使われたことに驚きました。
—— 劇中、収容所に日本人拉致被害者がいたという事実に大変驚きました。
宋: これまで自分たちが証言を聞いた収容経験者は社会的バックグラウンドが強くなく、平壌に住んでいたとしても権力の中枢にいた方ではありませんでした。ところが収容所の中には、平壌で権力に仕える人たちだけを囲い込んでいるエリアがあり、そこでは一定期間厳しくつらい思いをさせて、忠誠心を確かめられたのち、また平壌に連れ帰され仕事をさせられる。そういった幹部たちがいたエリアの中に日本人女性がいたそうです。その人は日本から連れてこられたのだけれど、スパイに日本語教育をすることを拒絶したことで、収容所に何も持たずに連行されたため、布団も持っていないほどだった。そこからまた平壌にもどる他の者たちが彼女に布団を残していったという話があるのです。
—— この映画は昨年世界各国の映画祭での出品を経て、ついに日本公開されますが、今後韓国やアメリカでの上映など世界に向けての展開は?
清水監督: まずありがたいことに、日本では6月4日(金)にTOHOシネマズ シャンテ他、全国にて劇場公開となります。そこで観客の皆さんからどんな反応があるのか楽しみにしています。そのあとは、色々な国の政治関係者の方にも関心を持っていただいており、なるべく色々なところで、政治や外交、人権活動のリーダーの方々など色々な人たちを巻き込んで作品を広げていきたいと思っています。
イベント情報
映画『トゥルーノース』外国特派員協会記者会見■開催日: 2021年5月18日(火) |
映画『トゥルーノース』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》1960年代の帰還事業で日本から北朝鮮に移民したパク一家は、平壌で幸せに暮らしていたが、突然父が政治犯の疑いで逮捕。家族全員が突如悪名高き政治犯強制収容所に送還されてしまう。過酷な生存競争の中、主人公ヨハンは次第に純粋で優しい心を失い、他人を欺く一方、母と妹は人間性を失わずに生きようとする。そんなある日、愛する家族を失うことがきっかけとなり、ヨハンは絶望の淵で「生きる」意味を考え始める。やがてヨハンの戦いは他の者を巻き込み、収容所内で小さな革命の狼煙が上がる。 |
邦題: トゥルーノース
制作総指揮: ハン・ソンゴン