- 2018-11-25
- ドキュメンタリー映画, 映画レビュー, 映画作品紹介
失意や絶望から音楽が生まれ、音楽だけが彼を癒してくれた
映画『エリック・クラプトン~12小節の人生~』が11月23日(祝・金)から全国で公開されている。3大ロックギタリストの1人と称される地位に登りつめ、今なお現役最高峰のミュージシャンとして活動するクラプトンの人生を描いたドキュメンタリー映画だ。同時代を生きたミュージシャンら音楽関係者へのインタビューでクラプトンの音楽と人生を浮き彫りにし、クラプトン本人が当時の心境を訥々と語る。1960~1970年代のアーカイブ映像もふんだんに盛り込まれた、ロックファン必見の映画である。
《ストーリー》
1945年に英国サリー州リブリーに生まれたエリック・クラプトンは、幼い頃に母親が国外に出奔し、その事実を知らされずに祖母を母親と思い込んで育った。真実を知ったクラプトンは母親に拒絶された痛みを抱えながら、ラジオから流れる黒人音楽に癒され、やがて独学でギターを学ぶようになる。猛練習で一目置かれる腕前となったクラプトンは60年代の英国ロックシーンに輝く伝説のバンドとされるヤードバーズ、ブルースブレイカーズ、クリームなどで演奏し、〝ギターの神様″と呼ばれるまでになった。70年代に入り、親友ジョージ・ハリスンの妻への恋情と挫折をきっかけに薬物依存が始まり、音楽活動は続けるものの酒浸りの日々を送る。そんなクラプトンに転機が訪れる。息子コナーの誕生だ。どん底から這い上がるクラプトンを新たな惨劇が襲う。悲しみの淵に沈む彼を救ったのは、またしても音楽だった。
《みどころ》
道ならぬ恋の苦しみを歌った『いとしのレイラ』
クラプトンの楽曲の代表作と言えば、『いとしのレイラ』(1970年)と『ティアーズ・イン・ヘヴン』(1991年)だろう。この2曲は誕生の背景に共通することがある。それはクラプトンが心に手ひどい傷を負い、曲を作ることで痛手から立ち直ろうとしたことだ。
ビートルズのメンバーであるジョージ・ハリスンとは同じギタリストとして気の合う友人であったが、交流を深めるうちにハリスンの妻パティ・ボイドへの恋心が日増しに募っていった。道ならぬ恋と分かりつつ「衝動を抑えられなかった」というクラプトンはパティに想いを打ち明け、彼女の気持ちをつかんだに思えたが、結局パティはハリスンの元へ戻ってしまう。ここで失意のクラプトンが考えたことが凄い。音楽でパティの気持ちを取り戻そうとアルバム制作を始めたのだ。完成したアルバムは全曲がパティとの恋をモチーフにしたラブソング。その一つである『いとしのレイラ』はペルシャの悲恋の物語の主人公に自らの境遇を重ねた楽曲で、デュアン・オールマンとのツインギターによるイントロが印象的なロック史上に残る名曲である。 アルバムを聞き、激しく動揺するパティ。その時の心境を語るパティのインタビューが興味深い。映画の見どころの一つだ。想いを綴ったアルバムも功を奏さず、クラプトンはかつて母親に拒絶されたのと同じく、また自分は「拒絶」されたと考え、薬物依存の隠遁生活に入ってしまう。1974年に音楽活動を再開するもののアルコール依存症が始まり、いつも酔っぱらっているのでライブは散々の出来。その後ハリスンと別れたパティと結婚するが他の女性とも浮名を流し、病的とも形容できる女性遍歴は止まなかった。
心が苦しかったから書いた『ティアーズ・イン・ヘブン』
どん底から抜け出す転機が訪れたのは1986年、長男コナーの誕生である。「大人になれと教えてくれた」とクラプトンは振り返る。アルコール依存症の治療を始め、歯車が回り始めた矢先に、コナーが滞在先のニューヨークのホテルの高層階から転落死すると言う悲劇が起きた。友人の誰もがクラプトンは酒浸りの日々に戻ることを恐れていたとき、クラプトンはこう考えていたという。「この悲劇をポジティブなものに変える方法がある」。彼は曲を作った。それがコナーへの想いを綴った『ティアーズ・イン・ヘブン』である。アコースティックギターをつま弾きながら静かに歌うクラプトンの表情が胸に迫る。「音楽が僕を救った。(母親に拒絶された)9歳の時と同じように。心が苦しかったから、自分のために歌を書いた」。映画の中で、クラプトンはそう振り返っている。
名曲が生まれた背景にアーティストの業の深さを感じる
クラプトンはロックファンなら誰もがその存在を知っているビッグネームだが、この映画は知られざる素顔を見せてくれる。薬物や酒に依存し、女性との心の通わせ方は不器用で、いつも何かから逃げようとして自分から落ちていく。そんな浮き沈みの激しい人生を救ったのが音楽だった。この映画を見ながら、珠玉の名曲が生まれた背景にあった失意や絶望に思いを巡らせ、アーティストと呼ばれる人たちの「創作」の営みの業の深さを感じずにはいられなかった。
その後クラプトンは再婚して3人の娘を授かり、映画では娘たちとの日本武道館での映像が挿入されている。2016年までに21度の来日を果たしているクラプトンだけに、日本での映像が使われているのはとても好感が持てた。ロックミュージックが好きな人にはお薦めの映画である。
映画『エリック・クラプトン~12小節の人生~』予告篇