映画『許された子どもたち』内藤瑛亮監督インタビュー
罪から許されることは、加害者にとって救いになるのか。
映画『先生を流産させる会』(2012年)、『ライチ☆光クラブ』(2016年)、『ミスミソウ』(2018年)など、その衝撃的な内容により作品が発表されるたび物議を醸す内藤瑛亮監督の最新映画『許された子どもたち』が、 6月1日(月)よりユーロスペース他にて全国順次公開となる。
特別支援学校で教員を務めた経験を持つ内藤監督が、実際に起きた複数の少年事件に着想を得て8年の歳月をかけて構想。
制作にあたっては、10代の出演者を対象にワークショップを開催し、少年犯罪や贖罪の在り様について、いじめの加害経験がある人へのインタビューや実体験を元に考えを巡らせたほか、専門家のアドバイスに基づいたいじめのロールプレイも実施。2017年の夏から冬、そして2018年春と長期間に渡る撮影を経て完成した渾身作について話を聞いた。
実際に起きた事件を題材に描く
―― 今作は8年もの歳月をかけて構想されたとのことですが、制作しようと決意されたきっかけや経緯を教えてください。
元々、自分が小学4年生の時(1993年)に起きた「山形マット死事件」が印象に強く残っていたんです。というのも、当時の自分と同世代の少年が同世代の人を死に追いやることも怖いなと思いましたし、加害者であるはずの少年たちの一部が不処分(後に加害者7人全員の関与は認められた)になるということもショックなことで、ずっと引っかかっていました。その後も事件の経過を調べる中で、もしも彼らがあのまま罪に問われなかったとしたらどうなってしまうのかと疑問を抱き、フィクションなら描けると思って企画をスタートしました。
2011年の夏にはプロットは完成していて、『先生を流産させる会』の公開前にはこの題材で作ろうと思うようになりました。
―― 商業映画ではなく、自主映画という形式にしたのはなぜでしょうか。
8年前から企画を持ち込んで交渉していったんですが、名のある20代の俳優をキャスティングしてやらないか、エンターテイメントの要素も加えてやってみないかというような話はありました。ただそれは自分のやりたいものではありませんでした。なかなか進展しなかったんですが、2015年に「川崎中1殺害事件」が起きました。それで、少年少女が起こす犯罪に対する社会の捉え方に気づかされました。社会の捉え方、度を越える加熱が加害者の家族のプライバシーを侵害しかねないこと、必要以上に献花がされる一方、被害者家族はそれを望んではいなかったことなどです。
それを通して現代社会を見たときに、今こそ『許された子どもたち』を実現したい、こうなったら自主映画という形しかないだろうと判断をしました。商業映画としてやりたかったという気持ちは素直にありましたが、自主映画という形式をとりました。やりたい形でやろうというのがスタッフ共通の認識で、だからこそシーンに合わせた撮影を1年という長い期間で、しっかりと設けることができました。
視点を変えて描き続ける少年犯罪について
―― 『先生を流産させる会』や『ミスミソウ』に続き、今作も少年少女の犯罪が描かれていますが、ご自身が学校教員であった経歴などと何か関係していることはありますでしょうか。
直接的に関係しているというよりは、視点の変化には繋がっていますね。
『先生を流産させる会』は、どちらかというと罪を犯す子供の視点で物語を紡いでいます。というのも、僕自身が10代の頃は決して明るい性格ではなくて、友達もいなかったし、常に「みんな死ねばいい」と思っているような感じだったんです。そんな中で自分自身も罪を犯す少年少女に感情移入しているというか、自分がそうであってもおかしくないと思っていました。
自分も大人になり教員という仕事に就いて、子どもと向き合う機会が多くなると、その中で、罪を犯す子どもに対して大人がどう向き合うべきかということを考えるようになりました。
実際に教員として子どもたちと向き合ったことで、大人の視点から描こうと思い、それが今回の『許された子どもたち』で形になりました。
作品を作るプロと教えるプロは別物
―― 今作の制作に際して開かれたワークショップについてお聞かせください。
僕自身、教員免許を持っているからこそ作品を作るプロと教えるプロは、全く別物だと思っています。だから、これまではワークショップの誘いは断っていました。
ただ、自分の作品のために時間をかけて、ワークショップを通して積み上げていくということは常々やりたいと思っていたことでした。
今回のワークショップを開くにあたっては、“いじめ”について、そして“少年犯罪”についてというようにはっきりとテーマを決めていました。だから参加した方はその問題に意識がある方が多かったです。そして驚いたのは、参加希望者の多くが女子だったことですね。男子の人数がギリギリだったので少し悩みました。
ワークショップでは、彼ら自身の体験談や考えについても聞きました。実際に自分が加害者だったら、また被害者だったらというような役割を与えて討論をしてもらいました。いじめや少年犯罪の資料を読み、いじめにおける人間関係を考えました。
また、いじめのロールプレイも行いましたが、加害者を演じた方はより過激な悪口を言って笑いをとろうとするなど、誰しもに恐ろしい“加害者性”が内在していると自覚することができました。
今回のワークショップは、インターネットやチラシでも参加を募ったので、演技経験のない素人の方も半数近くを占めていたので、精神的な負担をなるべくかけないように専門家のアドバイスも取り入れました。
―― ワークショップ内で出たことが劇中でも反映されているのでしょうか。
僕自身が全く思いつかなかった描写もみんなからのいじめの実体験を参考にしました。ワークショップの課題で、身の回りの人でいじめの経験がある人にインタビューをするという課題がありました。そこで聞いてきたことを実際に自分がインタビューした人になりきって演じるということをしました。いじめではなくいじりだと思い込もうとする心情、そこにある紛れもない上下関係など、みんなが身に覚えのあることが今作でも描かれていると思います。
あとは、みんなで「川崎中1殺害事件」の傍聴記録も読みました。加害者間の関係性も実感してもらいましたね。
撮影するにあたっては、撮影行為そのものを楽しんでもらうためにカチンコを叩いたり、「ある視点撮影」と名づけたもう1台のカメラで撮影をしてもらうこともありました。
―― 今作では内藤監督ご自身が美術制作も手がけられていると伺いましたが、どのあたりを手がけられたのでしょうか。
例えば、主人公の市川絆星(上村 侑)くんの目に下にある傷は、百武スタジオの方に作っていただいて、付けるのは毎回僕がやりました。付けるのを忘れてしまって彼に謝って撮り直したこともありました(笑)。
あとは案山子だったり学校の美術は、僕が指示してスタッフやキャストのみんなで協力して作りました。僕は美術の教員をやっていたので、授業のように見本を作ってやっていました。
ーー 今作に登場する“ボーガン”は『ミスミソウ』を彷彿させるものがありました。これは意図的に揃えられたのでしょうか。
これは偶然でした(笑)。今作の脚本は2011年から書いていたので、以前からボーガンを使うことは決めていました。そして、『ミスミソウ』の話を頂いたときは僕も驚きました。あと、上履きに悪戯をするというのも共通項ですが、田舎で子どもが暴力に頼ろう、いじめをしようとなると典型的なパターンなのかなと思います。
『許された子どもたち』を通して私たちが考えること
―― 「あなたの子どもが人を殺したらどうしますか?」というキャッチコピーは、今までになかった視点に気づくきっかけになると思います。
今作を通して内藤監督が社会に伝えたいメッセージをお聞かせください。
・・・メッセージというよりは、“問題提起”というほうが正しいかもしれないですね。
少年事件だったりいじめのニュースが流れるとき、大抵の人は「もし自分が被害者だったら」と考えることが多いと思います。でも実際いじめって、加害者側だったり、傍観している人のほうが数は多いはずです。加害者を糾弾するだけでは本質的な解決にはならない、みんなが「自分が加害者側だったかもしれない」という考え方を持つことが何より大切だと思います。
自分の正義感で加害者を糾弾することは自己満足であって被害者の救済にはならないし、加害者にとっては自分自身が罪と向き合うことが何より大事なことです。そういった問題点について考えてもらいたいですね。
映画『許された子どもたち』は、5月28日(木)~6月6日(土)に韓国にて開催される第21回全州国際映画祭、6月9日(火)~6月14日(日)にドイツにて開催される第20回ニッポン・コネクションへの正式出品が決定し、海外での上映も予定されている。
[インタビュー: 内田 薫 / スチール撮影: Cinema Art Online UK]
プロフィール
内藤 瑛亮 (Eisuke Naito)1982年生まれ。愛知県出身。映画美学校フィクションコース11期修了。 特別支援学校(旧養護学校)に教員として勤務しながら、自主映画を制作する。短篇映画『牛乳王子』が学生残酷映画祭・スラムダンス映画祭2009はじめ国内外の映画祭に招待される。初長編映画『先生を流産させる会』がカナザワ映画祭2011で話題となり、2012年に全国劇場公開され、論争を巻き起こす。教員を退職後は、夏帆主演映画『パズル』(2014年)や野村周平主演映画『ライチ☆光クラブ』(2015年)、山田杏奈主演映画『ミスミソウ』(2018年)など罪を犯した少年少女をテーマにした作品を多く手掛ける。2020年、約8年ぶりとなる自主制作映画『許された子どもたち』を制作。 【主な作品】長篇映画: 『先生を流産させる会』(2012年)、『高速ばぁば』(2013年)、『パズル』(2014年)、『鬼談百景』(2015年)、『ライチ☆光クラブ』(2016年)、『ドロメ 男子篇/女子篇』(2016年)、『ミスミソウ』(2018年) 短篇映画: 『牛乳王子』(2008年)、『廃棄少女』(2011年)、『お兄ちゃんに近づくな、ブスども!』(2012年)、『救済』(2013年) ドラマ: TBS「怪談新耳袋 百物語」(2010年)、TBS「悪霊病棟」(2013年)、「リアル鬼ごっこ」の公開を記念し、配信されたオリジナルドラマ「リアル鬼ごっこ ライジング/佐藤さんの逃走!」(2015年)、dTV「不能犯」(2017年)、THK「仮面同窓会」(2019年)、KTV「名もなき復讐者ZEGEN」(2019年) MV: 超特急「Beautiful Chaser」(2015年)、リーガルリリー「ぶらんこ」(2016年)「うつくしいひと」(2018年) |
映画『許された子どもたち』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》信じることが愛なのか、 守ることが罪なのか。 倫理観が試される―。 とある地方都市。中学一年生で不良少年グループのリーダー市川絆星(いちかわ きら)は、同級生の倉持樹(くらもち いつき)を日常的にいじめていた。いじめはエスカレートしていき、絆星は樹を殺してしまう。警察に犯行を自供する絆星だったが、息子の無罪を信じる母親の真理(まり)の説得によって否認に転じる。そして少年審判は無罪に相当する「不処分」を決定する。絆星は自由を得るが、決定に対し世間から激しいバッシングが巻き起こる。そんな中、樹の家族は民事訴訟により、絆星ら不良少年グループの罪を問うことを決意する。 |
出演: 黒岩よし、名倉雪乃、阿部匠晟、池田朱那、大嶋康太、清水 凌、住川龍珠、津田 茜、西川ゆず、野呈安見、春名柊夜、日野友和、美輪ひまり、茂木拓也、矢口凜華、山崎汐南、地曵 豪、門田麻衣子、三原哲郎、相馬絵美
監督: 内藤瑛亮
プロデューサー: 内藤瑛亮、田坂公章、牛山拓二
脚本: 内藤瑛亮、山形哲生
撮影監督: 伊集守忠
照明: 加藤大輝、山口峰寛
録音・整音: 根本飛鳥
録音: 小牧将人、南川 淳、黄 永昌、川口陽一
編集: 冨永圭祐、内藤瑛亮
音楽: 有田尚史
サウンドデザイン: 浜田洋輔、劉 逸筠
助監督: 中村洋介
制作: 泉田圭舗、佐野真規、山形哲生
制作協力: レスパスフィルム
製作: 内藤組
配給: SPACE SHOWER FILMS「許された子どもたち」
2020年 / 日本 / カラー / 1.90:1 / 5.1ch / 131分
ユーロスペース他にてロードショー!