映画『酔うと化け物になる父がつらい』松本穂香 インタビュー
【写真】松本穂香 (Honoka Matsumoto)

映画『酔うと化け物になる父がつらい』

主演・松本穂香 インタビュー

「普通の家庭」ってどんなもの?
ハードな環境をユーモアにのせて、私はそれでも生きていく

秋田書店のWebサイト「チャンピオンクロス」で連載され、サーバーがダウンしアクセスできなくなるほどの大きな反響を呼んだ「酔うと化け物になる父がつらい」(菊池真理子著)。アルコールに溺れる父を持った作者の実体験によるコミックエッセイが実写映画となり、3月6日(金)に新宿武蔵野館他、全国で公開される。

父はアルコールに溺れ、母は新興宗教にハマっている。そんな両親のもとに生まれた主人公・サキは、酔うと化け物になる父に悩まされ母の孤独に触れながら、がむしゃらに未来を探そうとする。毎晩のように酔っぱらう父の姿を面白おかしく描きつつも、家族が迎える衝撃の展開とラストに「涙が止まらない」と話題になった。

【画像】映画『酔うと化け物になる父がつらい』メインカット

映画は松本穂香×渋川清彦のダブル主演。母親のサエコ役にともさかりえ、妹のフミ役に今泉佑唯が名を連ねる。また、サキの親友・ジュン役を恒松祐里、エリート彼氏の中村聡役を濱正悟が演じる他、浜野謙太、宇野祥平、森下能幸、星田英利、安藤玉恵など実力派俳優たちが脇を固める。

映画では原作の雰囲気を守り、悲しい場面を時にユーモラスに見せながらも、一番近くにいる家族にしか分からない“普通”と“苦悩”をあぶりだしたヒューマンドラマ。主人公のサキを演じ、その葛藤と向き合った松本穂香に、今作への思いと作品を通して得た“気づき”について話を聞いた。

【写真】松本穂香 (Honoka Matsumoto)

不幸なはずの日常が、かわいくて面白く…だからこそ泣けた

アルコールに溺れる父親、壊れていく家族。社会的かつ、“家族であるが故の苦しさ”という意味では、普遍的なテーマが描かれた今作。松本が出演にあたり、心を動かされたのは、原作の漫画から感じ取った“ギャップ”だったという。

松本: 原作の漫画で描かれる“日常”はどこかかわいらしく、コミカル。だからこそすごく泣けました。端から見たら滑稽な場面も、サキから見たらしんどい光景。つらいことや苦しいことを、かわいらしい絵や面白い父親の酔い方で表していて、それをすべて通した最後に感じるものがあって泣けてきます。私はこれまでにあまり見たことがないジャンルですし、興味深い伝え方だと思いました。

【画像】映画『酔うと化け物になる父がつらい』渋川清彦

映画でもサキの気持ちがフキダシで浮かび上がってくるなど、ポップな演出が散りばめられる。しかし、自身はそういった見せ方にはとらわれることなく、「自由に演じることができた」と微笑む。

松本: 今回、私自身には特に“笑い”の場面がなかったので、(ポップな表現の)撮り方や音楽などは監督の世界観です。逆に監督から芝居に対する具体的な指示は特になく「思ったままにやってください」と、段取りでの演じ方をもとに撮影する方法で進めてくださった。だから演出とのバランスなどは特に気にせずにできました。サキの人物像を確かめ合うような会話もほぼありませんでしたが、監督は私が演技の中でおさまりが悪いと感じたときも、「違和感ありましたか?」とすぐ気づいてくれて、すごく意志が通じやすくていい距離感でできたと思います。

【画像】映画『酔うと化け物になる父がつらい』場面カット

親子だからこそ、踏み込めない
父親役の渋川とは“あえて距離”が演技へのプラスに

ハードな家庭環境にいながら、冷静に状況を見定めるサキ。同役を演じるにあたっては、“諦め”の意識が一つのフックになったと明かす。

松本: 映画の中でサキは当初お父さんに「何で飲むの?」と気持ちを伝えていました。彼女の中でも「どうして止めてくれないんだろう?」とたくさん考えていたのに、お父さんは何も言ってくれない。こちらが考えて、考えて、伝えているのに、何一つ返ってこない状況が続くと、多分人は考えること自体がバカらしくなってしまいますし、余計に傷ついていきます。そんな対応をされ続けて、(自分自身が)おかしくならないためにも“諦め”が必要だったのかなと思いました。

私自身も自分が一生懸命考えて伝えたことに相手から何も戻ってこなかった経験があって、「私だけが思っていたんだ」という虚無感のようなものを感じたことがあります。そういう意味では、「自分の気持ちにふたをすればいい」というサキの感覚には共感できる面もありました。

【写真】松本穂香 (Honoka Matsumoto)

親子だからこそ、踏み込めない。そんな関係性にリアリティを感じる今作。実は現場で松本と渋川はあえて“相手が何を考えているか分からない”くらいの距離を取って撮影に挑み、それが効を奏したとか。

松本: 撮影現場で渋川さんとは一切話をしていないくらいでした。渋川さんもあまり人と相談をしながら演じるタイプではないみたいでしたし、私も今回はあまりコミュニケーションを取らない方がいいのかなと。仲良し親子の役なら積極的に話したと思いますが、サキとお父さんはお互い気持ちをちゃんと交わせる時がない。だから、見ているものとか考えていることがお互いに全然分からない状態で演じたほうが良かった。その影響か、(自身にとっての渋川は)撮影中ずっとふわふわした存在でした。

【画像】映画『酔うと化け物になる父がつらい』場面カット

一方でサキと同じ状況で過ごし、互いに支えあう妹役の今泉佑唯に対しては、控えめながら俳優の先輩らしい気遣いも。

松本: 今泉さんがほぼ初めての映像作品で緊張していたこともあって、本当に「何が好き?」というくらいの他愛もない話をずっとしていました。やっぱりリラックスできる場の方がやりやすいし、そういう場であってほしかった。上から目線になれる立場でもありませんが、彼女とコミュニケーションを取るのは私のためでもあります。あまりズカズカいきすぎないようにとは考えましたが、なるべく私から話しかけるようにして、渋川さんの時とは全く違う空気感でいられたと思います。

【画像】映画『酔うと化け物になる父がつらい』場面カット

「普通がうらやましい」と言った友人にこの作品を観てほしい

「他の家の“普通”が、私にとっての特別」。今作のテーマを表しているようなこのセリフが特に印象的だったと語る松本。その背景には、ある1人の友人の存在があったという。

松本: 私の周りにも親子関係で悩んでいて「普通がうらやましい」と言っていた友人がいます。彼女の話を聞くと、自分にとっては信じられないような経験をしていて、そのことを考えながら聞いたらすごく切ないせりふだと思いました。私はそこまでの経験をしていないので、台本を読んだ時に改めてそんな方がたくさんいることをリアルに感じました。彼女にもすごくこの作品を観てほしい。何かの救いになるわけではないかもしれないけれど、伝わるものや響くものがあれば嬉しいです。

物語の最後、サキが見せる複雑な表情からは、家族の問題に「正解」がないことを改めて考えさせられる。撮影を通してこの複雑な役どころと向き合った松本自身は、映画で描かれる“家族”の姿に何を感じたのだろう。

【画像】映画『酔うと化け物になる父がつらい』メイキングカット

松本: これまではもう少しシンプルに“家族”をとらえていましたが、家族だけどバラバラの人もいて、そこには家族だから(バラバラになる)って側面もある。愛がなければバラバラにならなかったかもしれない。そういうことを考え出すと(家族の関係には)本当に正解がないと思います。私には「母親には強くいてほしい」とか、そういう理想の母親像みたいなものがありました。逆に母親からも理想の娘像があるかもしれない。だけど、血のつながった家族でもやっぱり一人ひとり別の人間。その思いがすれ違うこともあるし、血がつながっているからこそすごく難しいと改めて思います

【写真】松本穂香 (Honoka Matsumoto)

それでもお互いのことを考え、“伝え合う”ことに希望を見いだす。

松本: 伝え合うことをやめて、どうしようもなかったと諦めたらそれで終わってしまう。「家族だからこれでいい」と終わりにしないで、お互い伝え合って考え合えればもう少しうまくいくのかもしれないですよね。考えれば考えるほど、こんな難しい関係はありません。でも、監督も「何かのきっかけになればいい」とおっしゃっていて、コミュニケーションの大切さや自分にとっての家族を考えるきっかけでもいいので、何かを感じてもらえたら嬉しいです。そこに「正解」はないですから。

[取材・文: 深海 ワタル / スチール撮影: 坂本 貴光]
[ヘアメイク: 倉田 明美 / スタイリスト: 有咲]

松本穂香さんから読者の皆様へメッセージ🎥

プロフィール

松本 穂香 (Honoka Matsumoto)

女優。1997年生まれ、大阪府県出身。2015年女優デビュー。2017年にNHK連続テレビ小説「ひよっこ」で主人公の同僚・澄子役を演じて話題に。2018年、連続ドラマ「この世界の片隅に」(TBS)のオーディションで、約3000人の中から主人公・すず役を射止め、2019年には『おいしい家族』(ふくだももこ監督)で映画初主演を務める。近年の主な出演作に映画『わたしは光をにぎっている』(2019年/中川龍太郎監督)『his』(2020年/今泉力哉監督)、連続ドラマ「JOKER×FACE」(2019年/CX)他。現在出演中のドラマ「病室で念仏を唱えないでください」(TBS)が放送中。2020年秋に主演映画『みをつくし料理帖』(角川春樹監督)の公開が控える。

【写真】松本穂香 (Honoka Matsumoto)

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映画『酔うと化け物になる父がつらい』予告篇

映画作品情報

【画像】映画『酔うと化け物になる父がつらい』ポスター

《ストーリー》

普段は無口で小心者なのに、酔うと“化け物”になる父と、新興宗教にハマる母。一風変わった家庭で育ったサキは、“化け物”のおかしな行動に悩まされ、徐々に自分の気持ちにふたをして過ごすようになる。自分とは正反対で明るく活発な妹や、学生時代からの親友に支えられ、家族の崩壊を漫画で笑い話に昇華しながらなんとか日々を生きるサキ。そんなある日、アルコールに溺れる父に病気が見つかってしまう。知っているようで、何も知らなかった父のこと。サキが伝えたかった、本当の気持ちとは?

 
出演: 松本穂香、渋川清彦、今泉佑唯、恒松祐里、濱正悟、安藤玉恵、宇野祥平、森下能幸、星田英利、オダギリジョー、浜野謙太、ともさかりえ
 
主題歌: GOOD ON THE REEL「背中合わせ」(lawl records)
 
監督: 片桐健滋
原作: 菊池真理子「酔うと化け物になる父がつらい」(秋田書店刊)
脚本: 久馬歩、片桐健滋
制作: MBS、よしもとクリエイティブ・エージェンシー
制作プロダクション: CREDEUS
製作: 吉本興業、MBS、ユニバーサル ミュージック、秋田書店、VAP、ファントム・フィルム
配給: ファントム・フィルム
© 菊池真理子/秋田書店 © 2019 映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会
 
2020年3月6日(金)
新宿武蔵野館ほか全国ロードショー!
 
映画公式サイト
 
公式Twitter: @youbake_movie
公式Instagram: @youbake_movie
 

この記事の著者

深海 ワタルエディター/ライター

ビジネスメディア、情報誌、ITメディア他幅広い媒体で執筆・編集を担当するも、得意分野は一貫して「人」。単独・対談・鼎談含め数多くのインタビュー記事を手掛ける。
エンタメジャンルのインタビュー実績は堤真一、永瀬正敏、大森南朋、北村一輝、斎藤工、菅田将暉、山田涼介、中川大志、柴咲コウ、北川景子、吉田羊、中谷美紀、行定勲監督、大森立嗣監督、藤井道人監督ほか60人超。作品に内包されたテーマに切り込み、その捉え方・アプローチ等を通してインタビュイーの信念や感性、人柄を深堀りしていく記事で評価を得る。

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