
映画『か「」く「」し「」ご「」と「』
中川駿監督 インタビュー
仲間と本気でぶつかった場所。
映画づくりの礎となったニューシネマワークショップ(NCW)での日々
第27回レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~のグランプリをはじめ国内の映画祭で13冠に輝いた短編映画『カランコエの花』(2018年)で注目を集め、映画『少女は卒業しない』(2023年)で長編映画を初監督、そして現在公開中の映画『か「」く「」し「」ご「」と「』(2025年5月30日公開)の監督を務める中川駿。若者の繊細な心の機微を丁寧に描き出し、着実にキャリアを積み重ねる彼の創作活動の原点には、ニューシネマワークショップ(NCW)での学びがある。
1997年に創設されたNCWは、[つくる]コース(監督・脚本家志望者向け)と[みせる]コース(配給・宣伝志望者向け)から、これまでに延べ600人以上の人材を映画業界に輩出してきた実践的なワークショップだ。中川監督自身も[つくる]コースのベーシックとアドバンスのクラスを受講し、映画制作の礎を築いた。
仲間と本気でぶつかり合ったNCWでの日々が、彼の映画に対する姿勢に何をもたらし、現在の活躍にどう繋がっているのか。その核心に迫った。
「きっかけは、リーマンショック」
異色の経歴から始まった映画監督への道
大学卒業後、一度はイベント制作会社に就職。映画とは無縁のキャリアから、いかにして映画監督の道を志したのか。そのユニークな原点と、数ある選択肢の中からNCWの門を叩いた理由を語ってもらった。
―― 中川監督は大学卒業後に一度会社員を経験されていますが、そこから映画の道へと大きく舵を切る決意をされた背景には、どのような想いがあったのでしょうか。
中川監督: 僕の原点であり、きっかけは「リーマンショック」です(笑)。大学卒業後、イベント制作会社で仕事をしていましたが、当時(就職して1年ほど経った頃)リーマンショックの煽りを受けて、毎月のように社員が辞めていく状況だったんです。その度に、退職する社員一人ひとりに向けて送別会で流すムービーの制作を任せられ、フリーソフトで作っていました。
映像制作はそれが初めてでしたが、毎月作っているうちに、だんだん楽しくなってきて。イベントの仕事はライブコンテンツなのでダイナミックな面白さがある反面、細かいディテールにこだわりきれない部分がありました。でも映像は、気に入らなければ何度でも作り直せる。そのディテールにこだわれる性質が、自分に合っているなと思ったんです。そこから映像業界に興味を持ち、映画に特化していたNCWに出会って、今に至るという感じです。
―― 数ある選択肢の中からNCWを選ばれた決め手は何だったのでしょうか。
中川監督: 一番の理由は、学費がダントツで安かったからです(笑)。もう一つは、説明会での出来事ですね。当時、かなりギラついていた僕は、説明会が終わった後に創設者の武藤さん(当時のNCW主宰)のところに駆け寄って、「週2回、数時間の講習を受けただけで映画監督になれる気がしないんですけど、本当になれるんですか?」と聞いたんです。そうしたら武藤さんは「なれるよ」と力強く答えてくださって。修了後のサポート体制などについても説明を受け、「じゃあ」と半信半疑で入りました。今、こうして監督をやっているので、武藤さんは正しかったなと(笑)。
「本気でぶつかり合った」仲間と学んだ映画づくりの礎
NCWの門を叩いた中川監督を待っていたのは、実践的なカリキュラムと熱意ある仲間たち。講師との真剣なやりとりや、同期と本気でぶつかり合った経験が、今の創作スタイルの基盤となっている。
―― NCWの[つくる]コースでは、どのようなことが印象に残っていますか?
中川監督: NCWが主催する「MOVIES-HIGH」(通称:ムビハイ)という映画祭の存在が大きかったです。自分が監督した作品を、ちゃんとお客さんのいる劇場で上映するところまでを一貫してサポートしていただけたことです。作っただけで終わりじゃないんです。お客さんのリアルなリアクションを見て、時には厳しい評価に悔しい思いもしましたけど、それがその後の制作意欲に繋がりました。
―― 講師の方からはどのような指導を受けましたか?
中川監督: 脚本のフィードバックでは、大谷健太郎監督にお世話になりました。手厳しい方なので(笑)、ガツンと言われて悔しい思いもしましたが、どうしても自分の思いだけで作ってしまう僕らに、お客さん目線というものを教えてくれました。自分一人で映画を作っていたら、絶対に培われなかった視点ですね。
―― 同じ志を持つ仲間との出会いも大きかったのではないでしょうか。
中川監督: 大きかったですね。NCWには監督志望の人が集まっているので、他の人の作品にスタッフとして参加する時も、みんな監督目線で意見を言うんです。「こうした方がいいんじゃないか」って。だから、普通の制作現場よりもディスカッションがすごく熱くなる。大変でしたけど楽しかったですし、チームで議論しながら作品を良くしていくという今の僕のスタンスは、NCWがきっかけで生まれました。
同期の石橋夕帆監督とは今でも繋がっていて、彼女の現場で僕が制作スタッフとして入った時は、本気でぶつかったこともあります(笑)。そんな彼女とは、2024年の第29回釜山国際映画祭で感慨深い再会がありました。彼女は監督作『ひとりたび』がジソク部門に選出されていて、僕は自身の企画がAPM(Asian Project Market)に選ばれて参加していました。NCWに入ってからちょうど10年くらいの節目に、お互いがそれぞれの立場で同じ国際的な舞台に立っている。これには本当に感慨深いものがありましたね。
作家性の形成と、評価されたいという本音
自主制作映画『カランコエの花』から商業映画へとステップアップしていく中で、中川監督の作家性はどう形成されていったのか。そして、その創作を突き動かす根源的なモチベーションとは何か。戦略的な思考と、人間味あふれる本音を語ってもらった。
―― 中川監督の作品は『カランコエの花』以降、高校生など10代の若者が主人公の作品が多いですが、そこには何か特別な思い入れがあるのでしょうか?
中川監督: 実は『カランコエの花』に関しては、戦略的な理由が大きいです。僕は「勝ちに行きたい」人間なので、当時、映画祭でどういう作品が評価されるのか傾向を徹底的に調べました。そうすると、地方を舞台にした女子高校生の青春を描いた作品が、映画祭ですごく強いということが分かったんです。そこに、当時社会的に認知され始めていた「LGBT」というキーワードを組み合わせたら、評価されるものができるんじゃないか、と。
―― なるほど、戦略から入ったのですね。
中川監督: はい。ただ、テーマに対して不誠実な向き合い方はしたくなかったので、当事者ではない僕がストレートの目線で描くことに意味があると考えました。結果的に、そのアプローチが評価していただけたのかなと思います。
―― その戦略的な視点の一方で、ご自身の創作における純粋なモチベーションはどこにあるのでしょうか?
中川監督: 僕は「こういう映画が撮りたい」とか「映画とはこうあるべきだ」みたいなエゴがほとんどなくて。人に評価されたくて映画を撮っているんです。「あいつすげえ」って言われたい。その自己顕示欲を満たすためにやっている(笑)。だから、多くの人に評価されたい、観てもらいたいという僕の欲求と、ビジネスとしての側面を持つ商業映画の方向性が、結果的に上手くマッチしているんだと思います。
俳優の個性を引き出す、現場での“似合わせ”
商業映画の現場では、多くの若手俳優たちと向き合ってきた中川監督。その演出は、10代の登場人物たちのリアルな息遣いを見事に捉えていると評価が高い。彼らの魅力を最大限に引き出すために、現場で最も大切にしていることとは何か。
―― 中川監督の作品は、10代の登場人物たちの振る舞いや内面の描き方が非常にリアルで秀逸だと感じています。多くの若手俳優の演出をされていますが、特に心がけていることはありますか?
中川監督: ありがとうございます。若い子たちはまだ現場経験が少ないこともあって、緊張してしまうことが多いです。だから、この現場なら大丈夫だという安心感を持ってもらえるような、温かい空気作りを心がけています。僕自身も、「怖い監督」に見えないように、地元の兄ちゃんくらいの感覚で話せる距離感を意識していますね。
その上で、俳優の個性に脚本を寄せていきます。その人自身が持つ個性やクセ、魅力を最大限に活かしたいので、俳優に合わせて脚本やセリフ、演出を変えていく“似合わせ”の作業は常にやっています。例えば、『か「」く「」し「」ご「」と「』でヅカ役を演じたAぇ! groupの佐野(晶哉)くんは、すごく笑顔が素敵だったので、その笑顔が消える瞬間を大事に使おう、と。そういうアプローチを大切にしています。
修了後も続く“実家”のような関係性
受講修了後も途切れることのないNCWとの繋がり。それは時にキャリアを切り拓く大きな力となり、中川監督にとってかけがえのない支えとなっているという。
―― NCWには修了後のサポート体制もあると伺っています。実際何かサポートは受けられたのでしょうか?
中川監督: NCWは本当に「実家」みたいな存在なんです。修了後も困ったらすぐに相談していましたし、脚本が行き詰まった時も、背中を押してもらいました。キャスティングで困れば俳優を紹介してくれたり、オーディションの場所を貸してくれたり。本当に多岐にわたるサポートをしてもらいました。
長編デビュー作の『少女は卒業しない』も、NCWのディストリビューターコースの卒業生がプロデューサーをやっていて、「面白い監督がいる」と紹介してくれたのがきっかけです。商業映画への入り口も、NCWに開いてもらいましたね。NCWがなかったら、今の僕はないです。
―― 中川監督はNCWのレクチャーへ講師としても登壇されていますが、学ぶ側から教える側に立ってみて新たな発見はありましたか?
中川監督: 驚いたのは、女性の受講生がすごく多いことでした。僕がいた頃は、女性は同期に一人いるかいないかくらいだったのが、今や半分くらいが女性で。これはすごく面白いなと思いましたし、10年後、20年後の映画界は今と様変わりするんじゃないかと期待しています。
最新作『か「」く「」し「」ご「」と「』へ
そして未来の映画人たちへ
現在、最新作となる住野よる原作の映画『か「」く「」し「」ご「」と「』が公開中。主演の奥平大兼、出口夏希をはじめとする注目の若手俳優陣が集結し、「好きな人の気持ちが見えてしまう」という特別なチカラを持つ主人公が織りなす、もどかしくも切ない青春物語となっている。
NCWで培われた経験は、この最新作にどう活かされているのか。そして、自身の歩みを踏まえ、未来の映画人たちへ送るエールもいただいた。
―― 最新作『か「」く「」し「」ご「」と「』が現在公開中ですが、この作品にも繋がっていると感じていることはありますか?
中川監督:『少女は卒業しない』に続き、高校生の繊細な心の機微を描く作品ですが、やはりNCWで学んだ脚本術や演出論は常に僕のベースにあります。特に、原作者である住野よる先生の作品とキャラクターへの深い愛情をどう映像に落とし込むか、という点では、大谷監督に教わった「観客目線」が非常に役立ちました。
―― これから作品をご覧になる方へ、今作の見どころも教えてください。
中川監督: 人と自分を比べて自信をなくしたり、不安になったりすることは、年齢や性別を問わず、誰にでもあることだと思います。『か「」く「」し「」ご「」と「』は、一見すると高校生の青春モノですが、どの世代の方にも共感してもらえる普遍的なテーマを描いた作品です。ぜひ劇場でご覧ください。
―― 最後に、映画業界を目指す若者やNCWの受講を検討している方々へ、メッセージをお願いいたします。
中川監督: 映画って、何が正解というわけでもない。だから、いろんなルーツの人が集まれば、もっと映画の多様性が広がって、業界全体が豊かになると思うんです。映画というとシネフィルな人が集まるイメージがあるかもしれませんが、そうじゃないと監督になれないわけじゃない。僕自身、遅くからこの世界に入った人間なので。興味があるけど自信がないという人にも、ぜひ一歩踏み出してほしいです。僕が体験したように、どうやって映画を作ればいいか分からなくても、NCWに来れば仲間集めから制作、上映まで、全部教えてくれますから(笑)。答えはここにあります。
[NCWスチール写真: オフィシャル提供]
プロフィール
中川 駿(Shun Nakagawa)
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NCW情報
ニューシネマワークショップ(NCW)1997年に設立された、映画を「つくる人」と「みせる人」を養成するためのワークショップ。2016年から株式会社フラッグが運営し、これまでに映画クリエイターコースから60人近くの映画監督を輩出し、映画ディストリビューターコースから600人以上が映画業界の配給・宣伝会社などに就職している。 |
映画作品情報
《ストーリー》もしも、好きな人の気持ちが見えてしまったら── みんなには隠している、少しだけ特別なチカラ。 それぞれの“かくしごと”が織りなす、もどかしくも切ない物語。 「自分なんて」と内気な高校生・京(奥平大兼)は、ヒロインじゃなくてヒーローになりたいクラスの人気者・三木(出口夏希)が気になっているのに、いつも遠くからただ見つめるだけ。 そんな三木と幼馴染である京の親友・ヅカ(佐野晶哉)を通して、卒業まで“友達の友達”としてずっと一緒にいるはずだった——。 |