映画『前科者』岸善幸監督 インタビュー
フォトジェニックな森田剛は存在感が何ものにも代えがたい
元受刑者の更生や社会復帰をサポートするために奔走する保護司。彼らは国家公務員だが、ボランティアのため給与支給はない。映画『前科者』は有村架純を主演に迎え、仕事を始めて3年が経過した保護司の姿を描いた。
原作は、香川まさひこ原作・月島冬二作画の同名コミック。映画版に先駆けて、コミックで描かれている、主人公の阿川佳代が保護司になったばかりの頃の物語を連続ドラマ版の「WOWOWオリジナルドラマ 前科者 -新米保護司・阿川佳代-」としてWOWOWで全6話が放送、WOWOWオンデマンド、Amazon Prime Videoで見逃し配信。映画版はオリジナルストーリーで展開する。映画版では脚本も担当された岸善幸監督に話を聞いた。
罪を犯した人との関わりの中に現代が見えてくる
—— 本作はWOWOWの加茂義隆プロデューサーが原作コミックを読んで企画したとのことですが、監督のオファーを受けたときのお気持ちからお聞かせください。
小説の原作ものは映画だけでなく、ドラマでもやっていましたが、コミックの映像化は初めて。どうなんだろうと思いましたが、原作を読んだときに原作者の香川さんの思いに共感し、「これはぜひやってみたい」と思いました。
—— コミックが原作の場合、小説と違って、画に縛られてしまうということはありませんでしたか。
ありますね。原作の佳代は髪を後ろに束ねて、メガネを掛けています。作画の月島冬二さんのキャラクターイメージを大切にした方がいいのか、いったん忘れた方がいいのかと悩みました。
その段階で有村架純さんの出演が決まっていたのですが、これまで有村さんが演じてきた役とイメージを変えるためにあえて原作のメガネのスタイルに寄っていくというキャラクター作りがあってもいいんじゃないかと考えました。
—— 今回、WOWOWの連続ドラマで原作に準じた話を描き、映画ではドラマの数年後の設定で監督が自ら脚本を書かれました。映画のストーリーの着想のきっかけをお聞かせください。
刑事ものには犯人を追い詰める、法廷ものには罪を裁くというような醍醐味がありますが、この作品は保護司が主人公。基本的には、元受刑者と向き合い、対話するというのが主な仕事で、映像化するには地味な印象です。ただ、地味な分、軽犯罪から重罪までたくさんの罪人に関われる。その関わりの中に現代が見えてくると思いました。
映画版ではよりエンターテインメントにするために、刑事を登場させて犯人を追うというシチュエーションや、主人公が直面する困難なシチュエーションを作りました。それから、加害者感情と被害者感情を背負わせる人物を配置しました。その参考にしたのが、最近よく聞く虐待の事件や役所の情報漏洩問題でした。
—— 警視庁の刑事・滝本真司役で出演された磯村勇斗さんがドキュメンタリー風に撮っていたと話していらっしゃいました。
そうですね。ハンディカメラでの撮影が多く、撮り方としてはドキュメンタリータッチですが、テイストとしてはエンターテインメントでした。元々ドキュメンタリーとかエンタメとか分けるつもりはないんです。
設定が同じドラマと映画をリンクさせた
—— 石橋静河さんが演じた元受刑者の斉藤みどりが阿川に対して、「佳代ちゃんは弱いところがいい」と言っていたセリフが印象に残りました。
あのセリフはドラマ版にも似たようなニュアンスで出てくるのですが、そちらの脚本を担当された港岳彦さんが考えました。設定が同じなのでドラマと映画をリンクさせて、映画のときはもう少し広げてみました。
罪を犯した人が向き合うのは警察官、裁判官、刑務官。受刑者から見ると明らかに強い人。それが裁かれるということ。しかし、そういう人じゃない保護司の主人公と向き合った方がみどりのような人は更生に向かう機会になるんじゃないかと想像し、あのセリフを書きました。
—— 阿川が保護観察対象者の工藤誠(森田剛)に言った「法律や福祉だけでは救えない」という言葉も印象に残りました。
数年前、児童虐待事件が起きたときに、助けられなかったとして児童相談所の方が謝罪会見をしていました。人間ですから、どこかでミスを犯す。それを補う制度やシステムがしっかりしていれば救えたのかもしれない。そういったものが上手く機能していないという意味で、セリフにしました。
—— 事件現場に手向けられた花束の後始末を被害者遺族がしている話がありましたが、そこまで思いが及ばなかったことを感じました。
社会を驚かせるような大きな事件の場合は献花台が設けられ、行政などが後始末するそうですが、そういう事件でない場合は、遺族や親族がしているようです。
人がやり直す機会のある社会であってほしい
—— 衣裳合わせの前に登場人物の背景をA4数枚にびっしり書いて出演者の方々に渡されたそうですね。
びっしりではないですけどね(笑)。初めて仕事をする方にはお一人ずつ書くようにしています。でも、そういうことをしている監督さんは多いと思いますよ。
—— 主人公の阿川佳代を演じた有村架純さんにはどのようなことを書かれたのでしょうか。
「力を貸してください」と書きました。役柄のバックボーンについても書きましたが、作品に対する僕の思いも書いています。演じていただいた感じから、僕の思いはしっかりと伝わっていた気がしました。
—— 監督からご覧になった有村さんの女優としての魅力はどんなところでしょうか。
これまではラブストーリーが多く、キラキラしていて、美しくてかわいいという先入観が見る側にでき上がっていたと思うのですが、クランクインのときに「どんな役でもできるんだ」と思ったんです。女優として本当に力のある人だなと感じました。すごい女優と言いたいです。
—— 阿川の保護観察対象者である元受刑者の工藤を演じた森田剛さんはいかがでしたか。
森田さんは存在感が何ものにも代えがたい人ですね。フォトジェニックという言葉がありますが、とにかく撮りたくなる。役を背負って画の中にいてくれるだけで、映像が力を持つんです。稀有な存在でした。
森田さんが脚本を読んだ段階で疑問に思っていることに僕が答えるということで、一度、お話をしました。そこで役に対する僕のイメージを伝えたのですが、森田さんが見せてくれた工藤はこちらが考えていたものを大きく超えていました。驚きました。
—— これから作品をご覧になる方にメッセージをお願いします。
自分がいつ被害者になるか、加害者になるか、わからない時代です。人がやり直す機会のある社会であってほしい。SNSなどで人を咎めることも多いですが、どうしたらやり直しができるのか。その方策の1つとして、許しを考えないといけないのではないかと思います。やり直せる社会の方がきっと生きやすいはずですから。
この作品は罪を犯した人のやり直しがストーリーの大きな位置を占めています。ご覧いただいて、罪を犯してしまった人の背景にあるものを想像するきっかけにしていただければと思います。
[インタビュー: 堀木 三紀 / スチール撮影: 坂本 貴光]
プロフィール
映画『前科者』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》ふたつの仕事をかけ持つ阿川佳代(有村架純)28歳。コンビニ勤務は至って平穏だが、もうひとつの務めは波乱に満ちていた。犯罪者の更生を助ける保護司という仕事で、国家公務員だがボランティアのため報酬は一切ない。それでも阿川は、次々と新たな問題を起こす前科者たちを、「あなたは崖っぷちにいます!」と厳しく叱り、「落ちたら助けられなくなります」と優しく励ます。「もっと自分の人生を楽しめば」と周りには言われるが、何があっても寄り添い続ける覚悟に一点の曇りもなかった。 そんな中、阿川は殺人を犯した工藤誠(森田剛)を担当することになり、懸命に生きる彼を全力で支える。ところが、工藤は保護観察終了前の最後の面談に現れず、社員登用が決まっていた自動車修理工場からも忽然と姿を消す。折しも連続殺傷事件が発生、捜査線上に工藤が容疑者として浮かぶことで、これまで阿川が隠してきた過去や“保護司になった理由”が明かされていく。置いてきた過去に再び向き合う工藤、彼を信じてその更生に全力を注ぐ阿川。二人がたどりついた先に見える希望とは──? |