小松菜奈は悲しみや喜び、辛さを目で伝えることができる女優
—— 主演の小松菜奈さんと坂口健太郎さんをキャスティングした決め手を教えてください。
僕は『渇き。』(2014年)のときから小松さんが好きだったのですが、彼女は悲しみや喜び、辛さを目で伝えることができる女優さんです。茉莉はセリフが多い役ではありませんから、ぜひ小松さんにお願いしたいとプロデューサーに伝えました。
その後、ご本人と面談し、小坂さんの小説をなぜ映画化したいのかを話しただけでも目がじゅわっと潤んでいるのがわかったんです。“なんてピュアな心を持った女優さんなんだろう”と驚き、茉莉は小松さんしかいないと改めて思いました。
和人は原作とは設定が全然違う役です。死と向き合う茉莉の10年に併せるように、“死にたい”と思っていた和人が“生きたい”と思うようになるまでの10年を描きたいと思ったのです。それで小坂さんのご家族や出版社の承諾もいただいていました。
和人は東京に浮遊しているような青年がいいなと思って、目を閉じたら、坂口くんの顔が浮かびました。僕は坂口くんのような笑うと“くしゃっ”となってかわいい顔が好きなんです。ダメもとで連絡を取り、お会いしたところ、坂口くんは落ち着いていて、作品にもちゃんと向き合ってくれる人だと思えたのでオファーしました。
—— お二人に作品の世界観をどのように伝えたのでしょうか。
脚本を読んでいただいてから、直接お話をする機会を設けました。そこでまず「単なる余命ものやキラキラ恋愛映画にはしたくない」と話し、「恋愛映画にすれば観客が来るかもしれない。しかし2人の人生の10年という人間ドラマを撮りたい。恋愛だからこうしてほしいということは一切ありません。より2人の人生を愚直に生きてもらえれば、それをしっかり撮ります」と伝えました。
—— お二人の方から役作りについて、質問などはありましたか。
小松さんは「ご遺族とお話がしたい」とおっしゃって、実在する病気なので、監修の方と一緒にどういう病状なのか、どういう呼吸になるのかをすごく熱心に勉強していました。
—— 和人には監督ご自身を投影している部分があるとのことですが、演じられた坂口さんとはどのように和人を作っていかれたのでしょうか。
僕は女性ではないですし、余命宣告されたこともないので、茉莉の気持ちをわかりきれない。和人が彼女にどうアプローチしたらいいか、すごく葛藤しました。
そこで和人というキャラクターに自分の目線を入れ、“彼女と一緒にいたい”、“彼女に嫌われていたらどうしよう”という感情のラインの1つ1つを自分の感情だと思って描いたところ、すとんと落ちて自然になったのです。あとは坂口くんに委ねました。
—— 坂口さんは少しずつ声のトーンを落とし、茉莉と再会してからの10年間で大人になっていく和人の落ち着きを表現していたそうですね。
10年の変化をどうつけていくかを相談していたときに、坂口くんから提案がありました。僕はこれまで外見や言葉遣いでやってきたのですが、それにプラスして、彼が表情や声のトーンで変えてくれたので、和人の変化が自然に表現できました。
—— カメラマンの今村さんによると小松さんはすごくフォトジェニックで、映像を通すとすごく映えるそうですね。しかもそれに満足せずにこちらから投げかけれるとそれに応えてくれるので、もっといいものを引き出すようにしたとのこと。小松さんのもっといいものをどのように引き出されたのでしょうか。
小松さんはフォトジェニックでした。茉莉が和人に「もう死にたいなんて言わないでください」と言った後に2人の目が合うときの小松さんはすごく美しいです。
ただ、もっといいものを引き出すコツはありません。何度も撮る。これに尽きますね。この作品を彼女の代表作にするためにも、彼女の深いところを引き出すのが自分の仕事だと思い、「もっといける」「もっといける」と何度も何度も細かく演出しました。小松さんからすれば「何回すれば気が済むのよ」と思ったかもしれません。それでも僕らは「絶対に妥協しないで最後までやり切ろう」を合言葉にしていましたから、嫌な顔1つせずに付き合ってくれました。
—— 今、振り返って、特に印象に残っている小松さんのお芝居はどちらでしょうか。
芝居を撮っていて、ぐっとくることって実はそんなにないんです。そんな僕でも観ていて辛くなったのが、彼女がずっと溜めていた感情を家族に吐き出すシーン。引きを撮って、寄りを撮ってと何度も撮りましたが、彼女の鬼気迫る芝居が途切れず、それがちゃんとスクリーンに映っていました。ここは細かく演出するというよりも小松さんが茉莉として溜まっていたものを出してくれたのですが、本当に素晴らしかったですね。
—— そのシーンを観ていて、この作品は茉莉と和人のラブストーリーだけでなく、茉莉の家族の物語でもあると感じました。
恋愛、家族、友人、仕事。彼女の10年の人生にまつわるものや関わる人が全部入っています。カテゴリーとしてはラブストーリーかもしれませんが、自分の中ではそういうつもりはありません。彼女の10年を人間ドラマとして描きたいと思っていました。
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