映画『二十六夜待ち』主演・黒川芽以インタビュー
撮影が終わった後も、しばらく役を引きずっていました。
佐伯一麦による同名小説を『海辺の生と死』の越川道夫監督が映画化し、第30回東京国際映画祭(TIFF)の日本映画スプラッシュ部門で上映された映画『二十六夜待ち』が劇場公開を迎えた。先の東日本大震災で全てを失い、福島県いわき市にて喪失感や孤独感を自分の中に閉じ込めながら日々を生きる女性・由美を演じた黒川芽以さんに本作への出演についてお話を伺った。
―― 本作は淡々と物語が進んでいくお話であると感じました。出演のオファーを頂いた時、どのような心境でしたでしょうか?
20代半ばに差し掛かった頃から、どこかで20代最後に自分の中で集中できる大きな仕事をやりたいと思うようになりまして、29歳の時にこのお話を頂いた時に、これなのかな?と思ったんです。
―― 黒川さんが演じた由美は震災で被災し、全てを失った女性でした。そんな彼女が持つ喪失感や孤独感などが見事ににじみ出ていましたが、由美を演じるにあたり参考にされたものはあるのでしょうか?
その状況にタイムスリップするのは無理なので、可能な限り残っている当時の映像を観たり、震災直後にすぐに現地に駆けつけた人のお話を聞いたりしました。できるだけ状況を把握して、なるべく自分が体感したかのように思い込むことしかできないですけれど。
ただ、それを言葉でわかりやすく見せたり、伝えるような役ではなかったのですが、それがこの物語の良いところというか、全面的に見せるほど逆に軽いものじゃないということを言いたいのかなと。そういった過去を自分のどこかに閉まっておいて、自然に出てくるような感じになれば良いなという想いで演じました。
被害に遭われた方たちも、毎日24時間悲しんでいるわけではなくて、急に孤独が襲ってきたりとか、夢に出てきて苦しかったということも聞きました。あと、由美は設定として、「親を失くしたわけではない」ということを越川監督から聞いていましたが、わりとその辺りは描かれていないので、ある程度は自分の想像でいいんだなと。ただ、過去を忘れられない女(由美)と、過去を思い出したい男(杉谷)という対比なのかなと思いました。
―― 記憶喪失の杉谷との物語が進んでいって、お店の2階で体を重ねるシーンがありましたが、突然の展開に驚きました。黒川さんは戸惑いはなかったのでしょうか?
確かに人によっては突然に感じたり、作品によってはそうなる前の段階を映像として見せるものも多いと思うんですけど、私は意外に恋愛する時って「わかんないけど好きなんだよね」ってことってあると思っていて。「どこが好きなの?何に惹かれたの?」って訊かれて、「いやあ、わかんないけどフィーリング‥‥」と、この二人はそういうことなのかなと。形は違うけど孤独を感じている二人がああいう状況で出逢ったら惹かれあってもおかしくないだろうなと思いました。
あとは静かな時間が多かったと思うんですけど、杉谷さんのことをぼーっと眺めていたりとか。だからこそ、孤独が惹かれあってしまったときにそれを受け入れたくなったのかなという感覚で。100%お互いが好きですというパターンでなくとも、受け入れるか受け入れないかっていうのはその時の二人の関係性次第だと思います。
大人になればあることだと思いますので、そういう風に考えたら私としては受け入れられました。あそこで初めて由美が歌っている姿にきっと愛しさとかを感じたり、笑顔で話しているけど切ない内容を話しているのを見て、杉谷さんは無性にたまらない感じになったんじゃないですかね。
―― その後、翌日まで杉谷は由美に冷たかったですよね。由美は落ち着いていましたが。
女の方が度胸があるんじゃないでしょうかね。母性もありますし。でも2階でのシーンは由美も最初びっくりしたと思いますけどね。
―― 印象に残る監督からのご要望やご注文はありましたか?
常に「間をとって」と言われました。私も映画だったら結構間をとっちゃうタイプなんですけど、「もっと、もっと」と言われたので、その間を理解することに努めました。「この3秒の間は何を考えているのだろう?」とか、そういう見方で観ていただけたら嬉しいです。フランス映画に近いのかもしれないですね。間をとるというのは、映画ならではできることの代表ですよね、ドラマじゃ無理なので。放送事故になっちゃう(笑)。
一度だけあったことなんですけど、どこかのシーンで間をとることについて「もっと、もっと、もっと!」って言われすぎて、間を取りすぎて初めて眠りそうになりました(笑)。監督が間をとってというところには意味があることですので、間をとっている時に由美の心の揺れ動きを表現するのはとてもやりがいがありました。「この5秒間、何を思っているんだろう?」とか「何を思って5秒の間にしよう?」とかを考えながら間をとるのは楽しかったですね。
―― そうだとすると、由美と杉谷が体を重ねるシーンが本作では何度もあり、また1シーン1シーンが長回しでした。あの時の間の中ではどんなコミュニケーションを取っていたのでしょうか?
あれはほとんど何にも決まっていなかったんです。それこそ最初に杉谷と由美が交わるシーンは、あれがラブシーン撮影の初めだったんですけど、カメラマンさんはドキュメンタリーをよく撮られている山崎裕さんだったんですね。山崎さんと(井浦)新さんは昔から交流があって、新さんの提案で一回長回しでやってみようよという話になって。そういったシーンってとてもデリケートなので、普通はカメラの位置も動きもほぼ完全に決まってるものなのですけど、「山崎さんはきっと大丈夫。もし映っちゃったら切る」っていうぐらいの感じで、やっぱり信頼関係があったからこそ長回しが出来たという。長回しした方がお互いの気分がノってくるというものもやっぱりあるので。それまでのセリフっていうのは、ある意味前戯の前戯段階みたいなものなので、そこから今回そういったシーンを撮る時は全部長回しというスタイルが生まれて。だから1シーン1シーンが長かったんだと思います。多分それもあると思います。
―― ロケ地である福島県いわき市はいかがでしたか?
道中はやっぱり、「ああ、今どんな感じなのかな…」と車窓から眺めながらいわき市へ向かいました。最初地方ロケから撮影に入ったので、グッと役に入れましたね。その時間はすごく大事な時間でした。今回は浜通り弁が結構難しかったんですけど、ああいうのがあると普段の自分と役とを隔離してくれるので、すごくありがたかったですね。より別人になれる気がします。
―― 今回、わずか10日間で撮影が行われたとのことですが、演じる前後で何か変化はありましたか?
普段、撮影が終わったあと役を引きずるってことがなくて、家に帰ったら自分にすっと切り替えられるんですけど、今回は切り替えられなくて。ああ、これは引きずっちゃってるなと(笑)。由美になっちゃっていましたね。月を見ちゃったり(笑)。
―― これまで幅広い役柄を演じられてきた黒川さんですが、今後演じたい役柄はありますか?
10年以上前から結構言っているんですけど、ガムをずっと噛んでいる個性的な役とか、超能力を使える特殊な役とか(笑)。癖があるというか奇抜というか、そういった役を演じたいですね。まあ今回とは真逆ですが(笑)。
―― 最後にご覧の皆さまにメッセージをお願いいたします。
映画って昔ほどは盛り上がっていないと思うんです。娯楽が少なかった時代は、映画ももっと娯楽だったでしょうし。1,800円ってちょっと高いから、なかなか気軽に観に行ける娯楽ではなくなってしまったかもしれないですけど、1,000円で観られる日もありますし、映画館で観るって特別さは絶対あると思います。やっぱり、DVDで観る感じと映画館で観る感じとでは自分の中に残る印象が圧倒的に違うと思いますので、どうか映画界をみなさんで盛り上げてもらいたいなと思います。
映画も結局観ていただかないと、良いも悪いもないですし、広がっていくも消えていくもないでしょうし、なるべく沢山の方に観ていただきたいと思います。よろしくお願いします。
プロフィール
黒川 芽以(Mei Kurokawa)1987年5月13日生まれ、東京都出身。 |
映画『二十六夜待ち』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》由実(黒川芽以)は、先の震災で何もかもを失い、今は福島県いわき市の叔母の工務店に身を寄せ日々を過ごしていた。心に傷を抱えた由実だったが、少しは外に出なければと叔母に促され、ある日バイト募集をしていた路地裏の小さな飲み屋“杉谷”で働き始める。元気で温かなお客さん達との触れ合いもありながらお店の切り盛りをしていく由美であったが、店主の杉谷(井浦新)のどこか謎めいた部分が気になり始める。彼は記憶をすべて失い、失踪届も出されていなかったため、どこの誰とも分からない。はっきりしているのは、手が料理をしていたことを覚えていることだけであった。今では小さな小料理屋を任されるまでになったが、福祉課の木村(諏訪太朗)をはじめとしたあたたかな人々に囲まれながらも、彼の心はいつも怯え、自分が何者なのか分からない孤独を抱え込んでいた。そんな孤独で傷ついた魂を持つ杉谷と由実は、“月”と“海”がお互いを引き寄せ合うように、その心と体を寄り添い合わせるようになっていく……。 |
諏訪太朗、天衣織女、鈴木晋介、山田真歩、鈴木慶一、宮本なつ、足立智充、杉山ひこひこ、内田周作、嶺 豪一、信太昌之、吉岡睦雄
撮影監督: 山崎 裕
プロデューサー: 藤本 款、狩野善則
音楽: 澁谷浩次
原作: 佐伯一麦
美術: 平井淳郎
照明: 山本浩資
編集: 菊井貴繁
衣装: 宮本まさ江
録音: 近藤崇生
音響: 山本タカアキ2017年 / 日本 / 日本語 / 124分
配給: フルモテルモ
公式Facebook: @nijyuurokuyamachi