第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&Aレポート
【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マキシム・ジルー監督、マルタン・デュプレイユ)

第31回 東京国際映画祭(TIFF) 
コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A

「システム」からはずれた男の不安と恐怖

追われ、捕われ、逃げのびて荒野を独り放浪する男の不安と恐怖を、説明の一切を排し詩的に綴った怪作『大いなる闇の日々』(英題:The Great Darkened Days / 原題:La Grande Noirceur)が第31回東京国際映画祭(TIFF)の コンペティション部門で上映された。

10月31日(水)、EX THEATER ROPPONGIでの上映後のQ&Aにはマキシム・ジルー監督と主演のマルタン・デュプレイユが登場し、「観終わった後も、心の中がざわざわする」と観客をうならせたこの作品について、製作の意義と意図を大いに語った。

主人公の身に何が起こっているのか予想できない映像

監督: 僕は2つのことをお願いしました。1つは脚本を事前に読んでくれるなということ。もう一つはチャップリンの映画を観るな、ということでした。たしかに主人公のフィリップはチャップリンの恰好をしているが、ことさらチャップリンの真似はしてほしくなかったから。でもマルタンはこっそり観てたようです」

マルタン: 「チャップリン知らない人はいないし。1つも観るなって言われたって、前から観てるし。真似するなといわれてもね(笑)。監督からは撮影に入る前に、役作りに参考になる人物像を2つ挙げてもらっています。でも直前になって「それは全部忘れろ、これはあなた自身だと思って演じてくれ」と言われました。

【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マキシム・ジルー監督、マルタン・デュプレイユ)

前作とまったく趣の違った映画になっている理由は?

監督: 僕の前作は、心を開いて他者を理解することをテーマとしていました。あれが5、6年前。この4年で世界がガラッと変わった。アメリカではトランプ氏が大統領になったことは象徴的で、全世界で今オソロシイことが起こっている、と僕も脚本家も感じています。この映画は、今の世界の現状を映し出したつもりです。

【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マキシム・ジルー監督)

登場人物は何を表しているのか

監督: まずは「私たち」を表しています。「私たち」とは、この世の中のシステムを構成する者であり、その犠牲者でもある。その全員を表しました。私たちは、システムがあらぬ方向に暴走したら、その一部にならないように気をつけなければなりません、でも、もしシステムからはずれれば、生きてはいけないというのも確か。そんな私たちの出口のない焦燥を現しています。

もう一つ、「文化」も表しています。私の住むカナダのケベックというところ(カナダの中でもフランス語圏地区)では、自分たちの文化を守ろうとしています。でも、世の中はどんどん1つの文化、特に白人のアングロサクソンの文化一色に染まっていっていく傾向にあります。映画も音楽も、言語も。そうでしょ? 日本は少し違うかな。この世界は異なる文化があるからこそ美しい。私はそう思っています。

そしてこれは「私個人」のことでもある。私はCM作家もやっているのですが、広告宣伝とは、マーケティングピラミッドの頂点ともいえる仕事。今は売れる映画しかつくれなくなって、商業的に成り立たない映画を作るのはどんどん難しくなっています。でも本当は、私はこのシステムから自由になりたい。そこから自由になるために、この映画を作ったといえますね。売れなくてもいい、という気持ちで戦っている自分も、この映画は表しています。

【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マキシム・ジルー監督、マルタン・デュプレイユ)

本当は猫になりたかったSoko

監督: Sokoは有名なモデルですが、彼女の「犬」の演技は抜群でした。でも彼女、最初は「(演るなら)猫がいい」と言ったんですよ、「ねえ、台本読んでよ、これ犬でしょ、犬しかないでしょ」と言って納得してもらいましたがね(笑)。でも、実際ハードなシーンが続く現場だったのは事実。ある程度は脚本を読んでわかったとはいえ、やはりかなり大変だったみたいで、「引き受けて後悔した」と後から漏らしていました。とはいえその演技はスーパークール! 彼女に限らず、俳優たちはみなプロ意識高く演じてくれました。

マルタン: 僕も泥の中に肩まで浸かる演技を3日間やったんだからね。昔はよくやっていた、超低予算のショートフィルムの撮影のことを思い出したよ。他のみんなはレストランで優雅にランチしているのに、僕は泥のプールから引き上げられて、ドロドロのまま一人で食事だよ。スタッフに存在を忘れられちゃったときもあった。まあ、スタッフも大変で、一度引き上げた僕をまた沈めさせるのはひと苦労。浮かんできてしまうんだ!(笑) そのたびにスタッフは、僕の身体を一生懸命泥の中に押し込んでいた。

【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マルタン・デュプレイユ)

なぜ「チャップリン」なのか

映画は主人公のフィリップが、チャップリンの物まね大会に出場するところから始まる。「放浪紳士」の名を持つチャップリンは、砂漠で道を探しあぐねるフィリップに重なるが、チャップリンは一時ハリウッドの寵児でありながら、後に映画界から追放されたこともある。いわば自由なき世界の象徴ともいえる。

監督: 「独裁者」の最後の「寛容のスピーチ」は、70年経った今も感動的ですが、逆にいえば、私たちは70年経ってもまだその理想を実現できていません。この「大いなる闇の日々」という映画で私が描いているのは「出口なんて、ない」ということです。暴力に対し、暴力で解決するのがよいかと問われれば、答はノーです。反撃しても、解決しない。「ではどうすれば?」という問いには、「待つしかない」と答えるしかありません。このシステム自体が、自ら崩壊するのを待つしかない、と。システムが暴力的なのではありません。その中で不公平なことが起こると、私たち人間が暴力的になる、ということなのではないでしょうか。

【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マキシム・ジルー監督)

監督は「システム」という言葉を使っていたが、これを「社会」に置き換えるとわかりやすいかもしれない。私たちは社会があらぬ方向に暴走したら、社会の一部にならないように気をつけなければならないが、社会からはずれるということは、それだけで生きにくい状況に陥る。主人公がチャップリンの恰好をしているのは、彼のような「社会」の寵児さえ、一転「社会」から弾かれる恐怖を表しているのではないだろうか。

【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マキシム・ジルー監督、マルタン・デュプレイユ)

「社会」や「世間」に流されやすい日本人にも、「社会」に受け入れられない恐怖、出口のない焦燥は共感しやすいと思う。

[スチール撮影: Cinema Art Online UK / 記者: 仲野 マリ]
 
 

イベント情報

第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門
<映画『大いなる闇の日々』上映後 Q&A>

■開催日: 2018年10月31日(水)
■会場: EX THEATER ROPPONGI
■登壇者: マキシム・ジルー(監督)、マルタン・デュブレイユ(俳優)
■MC: 矢田部吉彦(コンペティション部門、日本映画スプラッシュ部門 プログラミング・ディレクター)

【写真】第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『大いなる闇の日々』Q&A (マキシム・ジルー監督、マルタン・デュプレイユ)

第31回東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門
映画『大いなる闇の日々』記者会見

映画作品情報

【画像】映画『大いなる闇の日々』(英題:The Great Darkened Days / 原題:La Grande Noirceur) メインカット

第31回 東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門 出品作品
 
原題: La Grande Noirceur
英題: The Great Darkened Days
 
監督: マキシム・ジルー
 
キャスト: マルタン・デュブレイユ、ロマン・デュリス、サラ・ガドン
 
2018年 / カナダ / フランス語、英語 / カラー / 94分
 
映画公式サイト

IMDb: www.imdb.com/title/tt8553192/

この記事の著者

仲野 マリ映画・演劇ライター

映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、書くことが得意であることから映画紹介や映画評を書くライターとなる。
檀れい、大泉洋、戸田恵梨香、佐々木蔵之介、真飛聖、髙嶋政宏など、俳優インタビューなども手掛ける。
また、歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、舞台についても同じく劇評やレビュー、俳優インタビューなどを書き、シネマ歌舞伎の上映前解説も定期的に行っている。
オフィシャルサイト http://www.nakanomari.net

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